【脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)】
新年のご挨拶
明けましておめでとうございます。
新年のご挨拶には、やはり干支の動物をご紹介するのがベストだと思い、昨年の暮れからイノシシにまつわるネタを収集していました。ところが農作物を荒らす、民家に出没するといった獣害にからんだ情報ばかりが目につき、イノシシをいかにしてお正月にふさわしい内容にまとめるかに考えあぐねていました。しかし間もなく断念。ここは私のライフワークであり、かつ南山城地方を日本屈指の高密度繁殖地として暮らしている「ケリの生態解明」にまつわるお話をすることが、新年のスタートには申し分ないだろうと相成りました。
水田に生息するケリにとって、お正月は最も餌の少ない厳しいシーズン。大好物の昆虫・クモ・貝が冬眠しており、それらを見つけるのはそう簡単ではありません。しかし、やがて迎える春の繁殖シーズンには巣をつくって産卵しなくてはなりませんし、営巣場所をめぐるライバルとの競争にも負けるわけにはいきません。そのためにも、この厳しい時期に親鳥自身が栄養を蓄える必要があります。
以前にご紹介した、ケリの雌雄を簡単に識別する方法はないかと研究した際に、巨椋池干拓地で繁殖する成鳥を捕獲して、脚に個体識別ができるようカラーリングをつけてきました。DNA解析から全ての親鳥の性別が判明しましたので、カラーリングをつけた個体を追跡することで、ケリの夫婦関係を調べることが可能になりました。そこで、まずは基礎的な生態を明らかにしようと、ケリの夫婦関係や営巣場所に関する調査を始めることにしました。具体的には、①ケリは一夫一妻か、②ケリのペア相手はずっと同じか、それとも毎年かわるのか、③同じペアがずっと同じ場所で繁殖を続けるのか、といった内容です。
2008年から2015年の8年間、巨椋池干拓地の全域をカバーするように設定したルートを移動しながら、ケリ成鳥の個体数、巣の位置、卵の数、孵化の成否、ヒナ数などを記録しました。合わせてケリの脚に着目して、カラーリングのついている個体がいれば行動の詳細を記録しました。こうした地道な作業を繰り返し、集めたデータから分かったことを以下にご紹介します。
◆ケリ夫婦は一夫一妻?
ズバリ、ケリは一夫一妻のつがい関係をもっています。今のところ、一夫多妻、一妻多夫、浮気する、といった観察例は得られていません。つまり雄1羽と雌1羽がペアになり、巣作りと抱卵
を交代でおこない、孵化したヒナを共同で世話をする鳥だと考えています。
ケリの親鳥はヒナに餌を与えることはなく、餌のありそうな場所へヒナを引き連れ、歩いて移動します。その後は「さぁ、お食べ」とヒナの自主性に任せます。ヒナは親鳥に頼ることなく地面や水辺にいる昆虫などの餌を見つけて、ついばむようにして食べています。水田で子育中のケリ家族は、雄親と雌親の間に餌を探すヒナが1~4羽いて、その様子を2羽の親鳥が見つめている(見張っている)というのがよく目にする光景です。
いっぽう、2羽の親鳥はヒナの防衛には懸命です。のんきに餌を探しているヒナを狙おうと迫ってくる捕食者(カラス・トビなど)や、たまたま近くを散歩しているだけの犬を発見するや否や、親鳥は「ケーケーケー」と豪快な鳴き声を発しながら、上昇と下降を繰り返すアクロバットな飛翔をおこなうモビング(疑似攻撃)によって撃退します。たいていの捕食者はこれで尻尾をまいて退散するのですが、猛禽類のハヤブサにモビングした親鳥が、逆にハヤブサにハンティングされたという衝撃的な場面に出くわしたこともあります。親鳥にとってモビングはまさに命がけなのです。
余談ですが、ケリの親鳥は私や中川宗孝先生のような調査者には警戒の反応を示すのに、農家の方や通学中の学生さんなどが近くを通っても反応しないことが多々あります。きっとケリは「あの人たちは危険、あの人は安全」とちゃんと認識しているのでしょう。
◆ケリのペアは離婚しない?
ケリのペア相手に着目して観察したところ、同じ雄と雌が4年間、5年間継続したペアがそれぞれ1組ずつ確認されました。しかも、この2ペアは毎年、同じ水田に巣をかまえて産卵しましたが、年によってはヒナが孵化する年と孵化しない年がありました。これらの結果からケリのペアは互いが生きている限りは離婚することなく、つがい関係を継続する「仲睦まじい夫婦関係」をもつこと、そして夫婦関係の継続には「ヒナの孵化の成否は関係しない」ことが分かりました。ただ、この辺りを明らかにするには、もう少し調査と解析が必要だと考えています。
◆ケリは毎年同じところに巣をつくる?
調査の結果、カラーリングをつけたケリのうち複数年にわたって繁殖したのは13羽で、そのうちの12羽は同一の水田に戻ってきて継続的に営巣していることが分かりました。このことからケリは年を隔てても同じ営巣場所を利用し続ける「帰還性の強い鳥」だと言えます。
いっぽう、年を隔てて同一の田面で営巣し続けた12羽のうち6羽には、調査地内において個体も巣も確認されなかった空白年がありました。つまりこれらの個体は、年によっては巨椋池干拓地以外の場所で繁殖期を過ごしていた、ということになりますが、この空白年をどこで過ごしていたのかは明らかになっていません。毎年きちんと同じ水田に帰ってきたかと思ったら、次の年には帰ってこない。でもその翌年には帰ってくる。そんな意味不明な動きをする個体も存在しました。
「ケリは毎年同じところに巣をつくるの?」との質問には簡単に答えられるものではなく、なかなかミステリアスな鳥だと思う今日この頃です。
◆ケリの寿命
ケリは身近な鳥でありながら、寿命や繁殖できる年齢といった生活史に関する知見はほとんどありません。一般に、野生の状態で鳥の寿命を把握することは難しいのですが、番号の刻まれた金属足環をつけて放鳥する鳥類標識調査(バンディング)や個体識別のできるカラーリングをつけて観察する調査ならば、寿命を知る手がかりを得ることができます。それは足環をつけた鳥が再捕獲されたり、カラーリング個体が発見されたりする期間のデータにより「少なくともその期間は生きた」という証拠が得られるからです。
私たちの長年の調査から明らかになったケリの寿命に関する記録があります。まず、中川先生が1996年3月28日、巨椋池干拓地で捕獲したケリ成鳥の左脚に赤色のカラーリング( X-6と刻印)をつけて放鳥するところから始まります。その後、10年以上もその個体を確認することはなかったのですが、2009年5月3日、同所の水田において抱卵中のこの個体を私が発見。それから6日後の5月9日に同じ水田でヒナ1羽を連れている本個体を確認しました。さらに翌年2010年4月25日、やはり同じ場所で本個体と足環のついていない成鳥個体との交尾行動を観察しました。結局、この個体を確認できたのはこの2年だけ。この個体が巨椋池干拓地以外の場所で観察された情報はなく、 2010年の観察以降にどこかへ移動したのか、それとも死亡したのかは明らかになっていません。
それでも重要なことが分かりました。標識放鳥した日から最後に観察した日までの経過日数は14年2か月だったことから、ケリは野生の状態で、少なくとも「14年以上の寿命と繁殖能力をもっている」ことが明らかになったのです。ちなみにケリに近い仲間のタゲリでは、20年以上の寿命をもつとの報告があり、ケリも同等の寿命をもつのかもしれません。
さて、日本の原風景である水田は野生生物の宝庫と言われていますが、その自然は深刻な危機にさらされています。その水田のシンボル的な存在であるケリの生態解明は、水田の生物多様性の保全を考える上で必要不可欠だと考えています。なぜならケリは水田でごく普通にみられる昆虫やクモ・貝・ミミズなどを食べ、水田で産卵・抱卵・子育てをおこない、今では水田という環境に依存した生活をおこなっている鳥だからです。
今年も私はケリを追いかけ、さらなる地道なデータの蓄積を続けたいと思います。今回ご紹介した内容は、以下の論文からピックアップしたものです。ご興味のある方はぜひご覧くださると嬉しいです。
文末になりましたが、新しい年が素晴らしい一年になりますよう、皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。本年もよろしくお願い致します。
《ケリの生態に関する論文》
◆ケリの配偶システムと営巣場所への帰還性
◆ケリの営巣場所、ヒナの離巣、そして繁殖成功
◆カラーリングをつけて放鳥したケリの長期経過後の観察記録