【脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)】

ケリの定期調査で巨椋池干拓地をまわると、思わぬ鳥との出会いに胸を弾ませることがあります。そのようなときは、調査対象のケリをそっちのけでレアな鳥を追ってしまうこともしばしば。ケリには申し訳ないのですが、こうした出会いも調査を継続するモチベーションとして必要だと考えています。
かつて野鳥の宝庫として名を馳せた巨椋池干拓地は、中川宗孝先生がコミミズクの生態調査に没頭した地でもあります。塒(ねぐら)を形成するコミミズクたちを顔で個体識別するという、普通の研究者が考えつかない手法を用いたことで話題となりました。しかし現在の巨椋池干拓地は生息する鳥の種数も個体数もめっきり減少しました。その要因はバイパスの開通、交通量の増加、農地の乾田化といった人間活動の影響が大きいと考えられますが、さらには日本や世界レベルで鳥類の減少が進んでいることも確かです。
それでも巨椋池干拓地は都市近郊にある貴重な農地であり、今でも渡り鳥にとっては羽を休めることのできる重要な「渡りの中継地」であることは間違いありません。今回は巨椋池干拓地でのケリ調査の際に、確認された希少な鳥たちをご紹介したいと思います。

 

【写真①】アカガシラサギ
ゴールデンウィークを心待ちにされている方は多いことでしょう。もちろん私もそうです。なぜなら、この季節は鳥の春の渡りにあたり、南の越冬地から北の繁殖地へ大移動をするレアな鳥を観察できるチャンスだからです。
もちろんケリの繁殖シーズンでもありますので、その調査も欠かせません。いつもの観察ルートに見慣れぬ鳥の姿がありました。なんとアカガシラサギではないですか。真面目にケリ調査にまい進していたら、神様からのご褒美があったりします。
この鳥は中国からベトナムにかけて分布するサギの仲間で、日本では渡り途中に通過するだけの旅鳥です(南西諸島では観察例が多い)。秋田県・千葉県・熊本県では繁殖記録もありますが、京都府内で観察されるのは極めて珍しい鳥です。

【写真②】ケリ(環境省レッドリスト:情報不足)
毎度おなじみのケリですが、この個体はなかなかの長生き。毎回の調査で要チェックの個体です。じつはこのケリ、中川先生と一緒に2007年にカラーリングをつけた成鳥で、右脚に環境省の金属足環と白リング、左脚に緑と赤のリングを装着して放鳥したものです。つまり、このケリは少なくとも12年以上は生きていることが証明されておりまして、もう少し長生きしてもらい14年以上の生存を確認できれば、ケリの野生個体の長寿記録を更新できるのです。
ケリの脚をよく見ると、つけたはずの右脚に白リングがありません。10年以上も生きれば、先にリングが劣化して脱落するのかもしれません。2007年から毎年、巨椋池干拓地に営巣している雄(DNA判別の結果)なのですが、当時に夫婦関係にあった雌の個体にもカラーリングを装着しています。ただ、その雌とは離婚をしたようなのです。これについては月9顔負けのドラマがありますので、また別の機会にご報告します。

【写真③】オグロシギとコアオアシシギ(どちらも京都府レッドリスト:絶滅危惧種)
オグロシギは春と秋に日本を通過する旅鳥。嘴と脚が長いので、ほかのシギ・チドリの鳥が入らない水深のある水辺や泥深い休耕田でも餌(ミミズ、貝、昆虫など)をとることができます。通過するだけなので何日も滞在することはありません。名前から連想できるとおり、飛ぶと尾羽に黒い帯がはっきりと見えます。
コアオアシシギもオグロシギと同じく旅鳥。京都府内では秋に観察されることが多いようです。脚の色は青ではなく黄緑に見えます。鳥の名前に「アオ」とつく種類がありますが、実際には緑色や黄緑色のものが大半です(例えばアオジやアオゲラ、アオバトなどがいますが、いずれも全体的に緑色)。ちなみにアオアシシギという鳥もいるのですが、こちらは体格がよく大柄で、嘴がやや上に反る形をしています。

【写真④⑤】エリマキシギ
東京都にあるNPO法人バードリサーチの依頼で、「全国シギ・チドリ一斉類調査」に協力しています。私の担当は巨椋池干拓地の西エリアで、昨年の9月9日と今年2月3日に調査を実施したのですが、そのときに、ムナグロの群れの中にエリマキシギ1羽が混ざっているのを発見する幸運に恵まれました。
エリマキシギは少ない旅鳥。繁殖地のロシアから越冬地のインドやオーストラリアなどへ移動する際、日本列島を一時的に通過していきます。この鳥は興味深い繁殖行動をすることで有名です。まず雌たちの餌場に10~70羽の雄たちが集まります。それぞれの雄には30~60㌢くらいの踊り場(コートと呼ばれます)があり、そこで雄たちは首元の飾り羽を立て、ダンスのような求愛行動をします。そして雄のダンスに興味を示して近づいてきた雌と交尾するという、なかなか情熱的なお見合いパーティーが催されます。雄は雌への求愛行動に専念し、交尾のあとは雌が単独で抱卵し、ふ化したヒナを育てます。残念ながら日本では繁殖をしないため、興味深い繁殖行動を見ることはできません。
さて、9月の調査以降も10月14日、今年1月4日にそれぞれエリマキシギ1羽を確認できました。いずれも昨年の春に生まれた幼鳥であったことから、同一個体の可能性があります。2月3日の一斉調査には中川先生にも同行していただき、貴重なエリマキシギの越冬記録を確認いただく手はずでしたが、残念ながら発見できず。すでに巨椋池干拓地から飛び去ったあとでした。

【写真⑥】タマシギ(環境省レッドリスト:絶滅危惧Ⅱ類、京都府レッドリスト:絶滅危惧種、府指定希少野生生物)
一妻多夫という珍しいつがい関係を持つことで有名なタマシギ。この鳥の特徴はなんといっても、雄よりも雌の方が美しいことです。体つきも雌の方ががっしりとしており、プロポーズも雌から雄に対しておこないます。まさにタマシギの雌は肉食系女子なのです。
タマシギの産卵と子育てもユニークです。水田や草地に雄がメインとなって巣をつくり、巣が完成すると交尾をします。そして雌は1日1卵、通常4個の卵を産みます。と、ここまでは一般的な鳥と変わりないのですが、全ての卵を産み終えた雌は衝撃的な行動にでます。なんと卵と雄を見捨てて巣から去ってゆくのです。残された卵を温めるのは雄しかいません。当然、ふ化後のヒナの面倒も雄がみます。
その後のメスはというと、次のパートナーを探すために移動し、新たなパートナーが見つかれば巣をかまえて産卵する、という繁殖行動を繰り返します。
一年中見られる留鳥なのですが、観察できるのは春から秋にかけてで、冬に見ることは珍しいと思います。夕方、辺りが薄暗くなると「コーコーコー」と雌が連続的に鳴きますので(さえずるのも雌)、むしろ姿を見るより声を聞くことで生息の有無を判断することが多いです。

【写真⑦】コチョウゲンボウ(京都府レッドリスト:絶滅危惧種)
青味がかった灰色の美しい羽をもつコチョウゲンボウはハヤブサ科の仲間。名前の似ているチョウゲンボウは京都市内の市街地でも繁殖するなど存在感を増していますが、コチョウゲンボウはめっきり姿を見ることがなくなりました。北半球の広範囲に分布する鳥で、日本には数少ない冬鳥として渡来します。写真の個体は4月下旬に確認されていることから、渡り途中に巨椋池干拓地へ立ち寄ったと考えられます。
コチョウゲンボウは餌として小鳥をハンティングすることが多く、杭や木の枝、電線などの見晴らしの良いところにとまって獲物を探索します。ただし、狩りの成功率は5~20%ほど。生物界最速のハヤブサの仲間であっても、狩りはそう簡単ではないことを物語っています。
ちなみにDNA解析を考慮した最新の研究によれば、ハヤブサ科の鳥はタカよりもスズメやインコに近い鳥であることが判明しました。以前はタカ目ハヤブサ科にまとめられていましたが、新たな分類ではハヤブサ目ハヤブサ科と改められ、タカ目から切り離されました。姿かたちがタカに似ているのは単なる「他人の空似」に過ぎないという驚きの見解です。なんだか気の毒に思うのは私だけでしょうか。
がんばれ、ハヤブサの仲間たち!

【写真⑧】巨椋池干拓地という名の修行場で鳥を追う筆者
私にとって巨椋池干拓地は、中川先生から鳥類観察や研究のノウハウをお教えいただいた思い出の地。いや、むしろ厳しい修行場かもしれません。ここに来れば、まだビギナーだった自分の姿がよみがえり、原点に戻ることができるのです。
これまで紆余曲折の人生を歩んできましたが、鳥類の研究を本気で志すことを決意し、まずは鳥類標識調査員の資格を取り、そして長期的に取り組んできたケリの生態研究が認められ、長年の夢であった博士号を取得することができました。ようやく鳥類学者の仲間入りを果たすことができたのですが、中川先生に比べるとフィールドでの経験が乏しく、まだまだ野生動物との対峙が足りないと感じています。となれば巨椋池干拓地、さらには京都府南部の山城地域での鳥修業をこれからも続けていかねばならないと、最近はそのようなことを考えながら観察や研究に励んでいます。
いっぽうで、観察した鳥の記録や研究成果を公開できる場があるということも研究者にとっては有難いことです。「里山通信」という連載の機会をくださっている洛タイ新報に対し、感謝の気持ちでいっぱいです。こうした情報公開の場があることも、鳥類の観察と研究を継続する原動力になっていることは間違いありません。これからも巨椋池干拓地をはじめ、山城地方の自然情報を発信したいと思いますので、どうかご期待ください。よろしくお願い致します。