【脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)】

 

◆久御山町のシンボルバード・ケリ

明けましておめでとうございます。新しい年を迎えるにあたり、読者の皆様にご挨拶できる機会を与えていただきありがとうございます。これからも感謝の気持ちを忘れず、「里山通信」(HP・電子版)で楽しい話題を発信しますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
さて、昨年を振り返ったとき、真っ先に浮かんだのが久御山町の田園風景にたたずむ「ある鳥」です。ご存知の方も多いと思いますが、昨年の2019年10月、久御山町は町の鳥として「ケリ」を制定したことが話題となりました。久御山町のホームページには、町内在住・在勤・在学者を対象に町の鳥を募集したところ、217件47種の応募があり、2位のウグイス、3位のスズメ・ツバメをおさえて、堂々の1位に輝いたのがケリだとの報告がありました。
気になる選定理由として、①久御山町の自然環境の大きな特徴である巨椋池干拓田に関わりが深い鳥である、②生育地は優良農地としての指標と言われ、環境指標鳥である、③長寿の個体であるとの調査報告もあり、町民の健康寿命を考えるうえでもふさわしい、④御牧・佐山・東角いずれの地域でも見ることができる、⑤町の鳥募集において多くの応募があった、との説明が添えられていました。
久御山町にお住いの方々がケリという鳥をご存知で、しかも町のシンボルに価する鳥として選んでくださったことが、あまりにも衝撃的で、こんなに知名度の高い鳥だったのかと非常に驚いています。もちろんウグイス・スズメ・ツバメのいずれの野鳥も久御山町の河川敷環境や農耕地に多数生息しており、町の代表としてそれぞれふさわしくもあります。しかし、全国的にも名高いケリの高密度生息地である巨椋池干拓田、そしてその地を有する久御山町とあっては、これほどPR効果が抜群の鳥はいないでしょう。
もう30年も前、宇治市の鳥制定に於いて、ケリが最終選考の11種類に残り、カワセミに次ぐ支持を得たことを中川宗孝先生よりお聞きしました。当時から、巨椋池干拓田に高密度で生息する繁殖個体群の学術的価値が、決してポピュラーではない野鳥のケリの評価につながっていた事実は、研究者として嬉しい限りです。
農薬の影響の少ない田んぼに営巣するケリは、耕起や湛水といった農作業にともなう人為撹乱の影響を強く受ける鳥です。田起こしで卵が潰されたり、水張りで卵が水没したりといった事例は日常茶飯事。その一方で、心優しい農家の方も多くおられ、ケリの巣が水没しないよう、巣の下に泥を積んでかさ上げしている光景を目にすることもあります。巨椋野外鳥類研究会が作成した野鳥かるたにも、『ケリ育つ 優良農地の 安全米』とあり、農家の皆さんから温かく見守られながら子育てに励むケリのこうした微笑ましい光景こそ、農業とケリとの共存共栄を実践している久御山町の誇るべきPR材料だと言えます。

◆金属足環の限界

環境省が実施している鳥類標識調査で得られた公式記録はたいへん重要になります。この調査は、野生の鳥に個体識別のための番号の刻まれた金属足環を装着して放鳥し、再捕獲によって情報を収集することで、鳥類の渡りの実態や生態の解明に生かされるものです。最近ではデジタルカメラの性能が向上し、撮影した画像から足環番号が読み取れることも増えてきましたが、それでも好条件が揃わないとなかなか難しいもの。まして、調査用のカスミ網でケリを捕まえることはほぼ不可能であり、金属足環をつけたケリの足環番号を確認することは至難の業です(私たちの研究チームは、中川宗孝先生が考案した特殊なオリジナルトラップで安全に捕獲しています)。近畿地方でのケリの回収記録(環境省と山階鳥類研究所に公式記録)を調べてみると、その数わずか8例に過ぎず、移動の最長記録も60㌔ほどとなっています(大阪府交野市から兵庫県神戸市へ移動)。
そこで私たちの研究グループが取り入れたのが、カラーリング(色足環)の装着です。ケリの大きさはハトくらいで、脚がスラリと長いことから、脚に色足環を装着すればよく目立ちます。色足環の色の組み合わせを双眼鏡で確認すれば個体の識別が可能で、ケリを再捕獲する必要もありません。何よりも野鳥の会のバードウォッチャーやカメラマンのご協力を得ることで、ケリが移動した記録を収集できることが最大のメリットです。時間はかかるでしょうが、いずれ多くのデータが集まるだろうと期待しています。ちなみに現在までに集まった情報としては、久御山町で放鳥された幼鳥が大阪府枚方市、奈良県明日香村、滋賀県大津市などで確認されたものがあります。その他は巨椋池干拓地や京都市伏見区といった近郊の確認でした。
そもそもケリは留鳥で移動はしないのではないか、そんなふうに考える方も多いかもしれません。私もそう思っていました。しかし色足環つきのケリを確認できるのは繁殖期である3月から7月頃までで、それ以降は次第にいなくなってしまい、秋から冬にみられるのは色足環のない個体ばかりになります。そして春が近づくと、また色足環つきのケリが帰ってきます。私はきっと繁殖期のケリと非繁殖期のケリは入れ替わっている、ケリを個体レベルでみると繁殖場所と越冬場所が異なっていて、そこを季節的に移動しているのだと仮説を立てています。つまり個体レベルでは移動、もしかすると想定外の長距離の渡りをしているのではないかと期待しているわけです。
ところで「鳥類標識調査によるミヤコドリの繁殖地の判明」という環境省の発表が話題となっています。鳥類標識調査(色足環の観察)により、これまで繁殖地と渡りのルートが判明していなかった日本に渡来するミヤコドリについて、2019年7月にカムチャツカ半島西岸で標識を装着した幼鳥が同年9月に千葉県と三重県でそれぞれ1個体ずつ観察され、本種の繁殖地の一か所が初めて明らかになったというのです。
いつかケリでもこうしたニュースをお届けしたいですね。

◆年末のビックイベント

昨年12月7・8日に山階鳥類研究所のおひざ元・千葉県我孫子市で開催された「日本鳥類標識協会全国大会」に参加してきました。懇親会では美酒に酔いしれながら全国の研究者と親睦を深められたことはご想像のとおりですが、日本各地で展開されている標識調査の最新情報に触れ、そして興味深い研究発表を拝聴することで、パンチの効いた刺激を得てきました(私も「京都でおこなっているケリの標識調査」との演題で発表してきました)。
おもしろかったのが、捕獲したアカショウビンの背中にGPSロガー(渡り鳥の移動経路を調査するための小型装置)を装着して、この鳥がどこへ渡るのかを解明しようという試みでした。まだ調査中ということで明確な結果は示されませんでしたが、それでもこの研究を始めるまでの経緯、研究費のやりくり、当調査方法のメリットとデメリットを包み隠さず講演してくださったのが印象的でした。
ケリにもGPSロガーを装着して追跡してみたい、そんな衝動に駆られた私。研究費をどう工面するか、今から申請して繁殖シーズンに間に合うか、ロガーが故障しやすく思い描いたデータが取れない可能性が高い(半分くらいはエラーが出てしまう)、鳥が嫌がってロガーをつつき落とすことが多い、といった課題があるにせよ、今やらねばもう二度とできないのではないかとの焦りの気持ちが募ります。
早速、共同研究者である中川宗孝先生にその旨をLINEで伝えたところ、「プロジェクトチームを立ち上げるぞ!」と、いつもながらのポジティブなメッセージが返ってきました。続いて、「環境生物研究会」の名だたる先生方と「城陽環境パートナーシップ会議」の全面協力、環境保護団体や環境議員の先生たちにも声掛けしてバックアップするから走れ! との激励に、難題への不安もふっ飛び、決意を新たにしたことは言うまでもありません。

◆今年もフィールドでの課題は山積

郷土の環境資料「鳥類目録和束町」の完成に向けて、ファイナルリストを中川先生から依頼されていることを、この原稿を書きながら思い出しました。和束町の町の鳥が「キジ」ですから、できることならキジに標識足環をつけて鳥類目録の表紙を飾れれば、との妄想はふくらんでいますが、これが実現するかどうかは定かではありません。目録はたくさんの美しい写真を使った読みやすい冊子にする予定ですので、完成披露にご期待ください。
このほか、今年のうちに挑戦したいことを列記すると、ケリのGPSによる追跡調査をメインに、宇治田原町でのカモ類とアオシギの標識調査、京都府南部を中心としたタマシギの生息・繁殖分布、木津川のコアジサシとシロチドリの生息状況の把握、そして、まだ諦めていない城陽市のクヌギ村でのミゾゴイの生息確認。さらに大植登先生には家屋の屋上で繁殖するケリの確認の約束など、フィールドの課題は山積みです。
たくさんの人たちに支えられ、今年も郷土の環境資料に貢献すべく鳥類学者としての使命を果たせることを願って朗報発信に努めます。引き続き温かいご声援をお願し、皆様方のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。