脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)

【はじめに】
都会派の猛禽類が増えているとささやかれている中、先陣を切ってアーバンライフを始めたのがチョウゲンボウです。今では宇治市、城陽市、八幡市、京田辺市、久御山町の各地で繁殖するようになり、精悍さと可憐さの両面をあわせもつ本種のルックスから、多くのファンを得ています。
都市部を新たな生息場所にした希少猛禽類のチョウゲンボウとの共存共栄は新たなる課題であり、それには本種の謎多き生態解明はもちろん、積極的な保全活動が必要になっています。この課題に取り組むべく、城陽環境パートナーシップ会議のメンバーが立ち上がり「チョウゲンボウ・プロジェクト」がスタートしました。福祉施設「ひだまり久世」の皆様のご協力をいただきながら始まった本プロジェクトの取り組みの様子を、まずは初回イベントを中心にお届けします。ぜひお付き合いください。

【チョウゲンボウってどんな鳥?】
チョウゲンボウは、農耕地や河川敷、湖沼、埋立地などの開けた場所に生息するハヤブサ目ハヤブサ科の野鳥で(写真①②)、主に小鳥や昆虫などを餌にしています。本種はかつて本州中部から北部の川沿いや海岸の崖地、崖面に点在する横穴やくぼみ、ヤマセミの使った古巣穴、木の株の間、カラス類の古巣などで営巣していたと言われています。なかでも長野県中野市の「十三崖のチョウゲンボウ繁殖地」(国の指定を受けた史跡名称天然記念物)は本種の集団繁殖地として有名ですが、近年は営巣数が激減し、その原因のひとつがハタネズミなど餌となる小動物の減少と、2010年から定着したハヤブサとの競合も影響していると考えられています。
いっぽう、1960年代に入ると関東地方の都市部を中心にチョウゲンボウの繁殖記録が相次いで報告されるようになり、営巣場所として利用していたのが橋やビルなどの人工構造物でした。やや遅れて近畿地方でもチョウゲンボウの繁殖が確認されるようになり、京都府内では2009年にJR二条駅でヒナ3羽が観察されたほか、城陽市でも繁殖が確認されました。以後、府内各地で営巣分布が知られるようになり、とりわけ城陽市内の会社ビルで子育てするペアは一躍有名になりました(写真③)。自然の崖などに営巣していたチョウゲンボウが、なぜ人工構造物に頼るようになってきたのか。その理由は明らかになっていません。

【関東地方での研究からわかったこと】
1991年に日本野鳥の会の研究者らが、関東地方でチョウゲンボウの繁殖状況を調査して論文にまとめています。それによると、東京都、神奈川県、千葉県の9か所でチョウゲンボウの営巣場所を確認し、これらは全て人工構造物を選んでいることがわかりました。その内訳は8か所が橋(鉄道橋4か所、水道橋1か所、車道橋3か所)、残りの1か所が鉄筋の体育館となっています。これらの営巣場所の共通点は、①高さが垂直な側面の10メートル以上にあること、②付近の見晴らしがよいこと、③屋根があって出入口が狭い横向きの空間があること、④周辺が餌場に適した開けた環境があることで、この4つの条件がチョウゲンボウの繁殖場所として重要であると述べています。
かつて都市の広がる平野部や盆地は、餌場となる開けた環境が存在していても繁殖場所に適した崖地はありませんでした。ところが、そこに側面に空間がある高層の人工構造物が登場したしたことで、崖地に類似した条件を満たす営巣場所を得ることができたと考えられています。

【巣箱として利用したもの】
2022年1月8日の快晴の空のもと、城陽市に位置する特別養護老人ホーム「ひだまり久世」の屋上に巣箱を設置しました。これが実現できたのは、チョウゲンボウの繁殖生態に関心をもたれ、そして保全に協力しようと、巣箱設置を快諾してくださった当施設の石田實理事長と関係者方々のご配慮によるものです。
「屋上に設置するチョウゲンボウ用の巣箱はどんなものが適しているのか」。JR三山木駅高架でチョウゲンボウの繁殖状況を観察してきた中川宗孝先生と福井惇一さんらと検討してたどり着いたのが、まさかの「犬小屋」でした(写真④)。国内でチョウゲンボウの巣箱を設置した事例があるのかを調べてみると、カラスの営巣を抑制するために鉄塔に設置した木製の巣箱や、環境影響評価における保全対策として施設の煙突に設置した鋼板製の巣箱が報告されています。もちろんその中には犬小屋を利用したものはなく、成功すれば日本初の記録になるはずです。
しかもこの犬小屋は、中川先生の今は亡き愛犬ジェフが使っていた思い出のものを有効利用させていただきました。まさか我が家がチョウゲンボウの巣箱に利用されるとは、ジェフも天国で苦笑いしていることでしょう。

【巣箱でのチョウゲンボウの繁殖に期待】
施設の屋上は見晴らしがよく、周辺には農地や住宅地が広がる好立地です(写真⑤⑥)。ただし、風当たりが強く、かつてエアコンの室外機が吹き飛ばされたことがある、と施設のスタッフの方からうかがいました。そこで巣箱の中にはコンクリートブロックを並べて重くし、両サイドをロープで固定しました。巣の出入口は広すぎたので、ブロックを重ねて狭くしました。これでチョウゲンボウの卵やヒナを捕食しようとするカラスの侵入を防げるはずです。出入口の向きは南西方向にしました。この方向を選んだのは、日当たりの関係と鳥の出入りが遠くからでも観察できるためです。もちろん先行研究にあった営巣場所の条件(10メートル以上にあり、見晴らしがよく、屋根付きで出入口は狭い横向きで、周辺が餌場に適している)も満たしていますし、偶然にも巣箱の色と施設の壁や屋根の色が似ていて、すっかり景観に溶けこんでいます。
あとはチョウゲンボウのペアが訪れるのを待つのみ。巣箱設置前の打ち合わせ時には、施設の屋根にとまったり周辺を飛翔したりするチョウゲンボウを見ていますし、巣箱設置日にも西方向に広がる畑地で小動物を捕食する姿が確認されました。間違いなく巣箱は彼らの視界にとらえられ、繁殖期を前に興味を持ってくれるはずです。ちなみにチョウゲンボウは巣材を運ぶことはないので、巣箱の底に直接卵を生むと思います。産卵は3月から6月におこなわれ、通常1個から7個の卵を生みます。抱卵期間とヒナを育てる期間(育雛期間)はともに約1か月ですから、繁殖が始まれば観察も長期戦になることでしょう。

【ひだまり久世のスタッフの皆様に感謝】
チョウゲンボウはかつて京都府レッドリストでは「準絶滅危惧種」(2015年版)でしたが、府内で営巣を開始し、かつ繁殖個体群の規模が極めて小さい状況との理由から「絶滅危惧種」(2021年版)にランクアップされました。チョウゲンボウの現状を理解し、保全活動に協力しようと巣箱設置を快諾してくださった石田實理事長(写真⑦中央)をはじめ、ひだまり久世のスタッフならびに関係者の皆様に心から感謝申し上げます。また、スタッフの方から「ムクドリとドバトが施設内に大量の糞を落とすのが悩みの種だ」とうかがいました。猛禽類であるチョウゲンボウの定着により、悩ましいこの課題が少しでも解消されることも期待しています。
城陽市の環境パートナーシップ会議の肝いりで始まった希少猛禽類保護の最前線「チョウゲンボウ・プロジェクト」、全国に朗報発信できることを願っています。これからの展開を楽しみに見守ってください。