脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)

【チョウゲンボウ】
城陽市の福祉施設・ひだまり久世の屋上において、中川宗孝先生とともに「チョウゲンボウの巣箱プロジェクト」をスタートさせたのは、今年1月のことです。チョウゲンボウ(写真①)が巣に利用するのではないか。屋上に設置した犬小屋を遠目で観察しながら、チョウゲンボウの訪れを待ちつづけました。もちろんプロジェクト達成のあかつきには、「日本初!犬小屋で繁殖したチョウゲンボウ」と題した報告をお届けする予定にしていました。しかし、繁殖期の春から初夏を迎えてもチョウゲンボウの訪れはありません。ついに9月末に犬小屋を撤収し、期待した結果を得られないままプロジェクトを終了しました。
ちなみに、ひだまり久世からそう離れていない会社ビルと工場では、隙間を利用してチョウゲンボウが繁殖したとの情報がありました。京都府内では、鉄道の駅や商業ビル、高速道路の橋脚といった人工構造物の隙間を巣にすることの多いチョウゲンボウ。彼らのこだわりを知るには、もう少し時間がかかりそうです。
とは言え、こうしたチョウゲンボウの保全にかかわる取り組みの機会をいただけたことは、本当に嬉しいことです。改めまして、屋上への巣箱設置を快諾してくださった当施設の石田實理事長と関係者の方々をはじめ、設置・撤収の作業に協力してくださった岡井昭憲氏と福井惇一氏に感謝申し上げます。
というわけで、今回はチョウゲンボウの話題を取りやめ、秋の巨椋池干拓地の様子を紹介することにします。関西屈指の広大な農地を有する巨椋池干拓地。夏から秋に渡りゆくシギやチドリの仲間を中心に、ホットな野鳥情報をお届けします。

【タカブシキ】
ユーラシア大陸で繁殖し、旅鳥として日本へやってくる渡り鳥のタカブシギ(写真②)。背中に入る白斑が多く、眼の上に眉斑(びはん)とよばれる白いラインが特徴です。漢字では「鷹斑鷸」と書きますが、それはタカブシギの尾羽にタカの羽の模様と似た横斑が入っているからだと言われています。そう聞くと、なんだか勇ましい野鳥のように見えてきますね。巨椋池干拓地では春と秋に見られ、田んぼや湿地、水路で歩きながら昆虫や甲殻類、貝類などを探したり、泥にクチバシを突っ込んで餌をとったりする姿がよく見られます。

【クサシギ】
クサシギ(写真③)はユーラシア大陸で繁殖し、旅鳥として日本へやってくる渡り鳥で、越冬する個体もいます。草地にいることが多いというのが名前の由来と聞きますが、むしろ田んぼや水路で見かけることがほとんどで、昆虫類や甲殻類、貝類などを餌にしています。
クサシギはタカブシギとよく似ていて、識別には注意が必要です。クサシギはタカブシギに比べると眉斑が目立たず、目の周りの白いアイリングがはっきりしています。またクサシギは飛ぶと翼の下面が黒っぽく見えますが、タカブシギは白っぽいのも明らかな違いです。これらの点をおさえれば、両種の見分けは怖くありません。

【セイタカシギ】
京都府では春と秋に見られる旅鳥のセイタカシギ(写真④)。巨椋池干拓地に飛来する鳥のなかでも人気を博しています。姿の美しさは群を抜いており、水辺の貴婦人と呼ばれています。頭部が白い個体のほか、頭頂から首の後ろまでが黒い個体も見られます。雌雄はよく似ていますが、雄の背中は光沢のある黒色を呈しているのに対し、雌の背中は褐色味を帯びています。長い脚のおかげで、ほかのシギ類やチドリ類が好まない深い水辺でも餌をとることができ、クチバシを左右に振りながら餌の昆虫や甲殻類、魚を探しています。
かつて日本では全国的に観察される旅鳥でしたが、1975年に初めて愛知県で繁殖が確認され、その後は千葉県・東京都・愛知県・三重県・大阪府・兵庫県・鹿児島県・沖縄県などで局地的に繁殖が記録されています。もしかしたら京都府でも繁殖を始めるかもしれません。

【コチドリ】
目の周りにある黄色いアイリングが特徴のコチドリ(写真⑤)。春から秋にかけて、最も見かけることの多いチドリの仲間です。巨椋池干拓地では、田んぼや畑地、造成地、駐車場などの地上に粗末な巣をつくって繁殖します。一般的にシギ類・チドリ類は水辺や湿地を好みますが、コチドリは多少乾燥した場所でも気にしないようです。
おもしろいのはコチドリの餌とりです。いきなり走っては急停止したり、左右に方向を変えたりしながら、小さな昆虫類を見つけて食べます。また、脚を前に突き出して地面を震わせ、餌を追い出す採餌行動をとることもあります。

【タマシギ】
今年の7月31日に、NHK番組・さわやか自然百景「京都 巨椋池跡の田園地帯」が放映されました(私と中川先生も撮影に協力しました)。番組内では、ケリを中心に様々な野鳥の映像が流れましたが、なかでも注目されたのがタマシギ(写真⑥)です。じつは撮影日にも、「タマシギが撮れればいいのですが…」と取材スタッフが口にしていたのですが、偶然に通りかかった井口宏氏の情報提供により、その願いが叶いました。以下のURLは番組の紹介サイトです。
https://www.nhk.jp/p/sawayaka/ts/89LVV5QNNM/episode/te/LXXQVZX19N/
タマシギと言えば、雌雄の役割が逆転していることが有名です。一般に美しい羽衣をもつのが雄とされている野鳥の世界において、雄より雌のほうが美しく、しかも抱卵から育雛といった子育てのほとんどを雄が担います。巨椋池干拓地やその周辺の田んぼに巣をつくり、繁殖することはわかっているものの、発見の難しさから個体数や分布に関する基本情報が不足しています。京都府の希少野生生物にも指定されており、今後の調査が急務となっています。

【巨椋池干拓地】
巨椋池干拓地は、京都市、宇治市、久御山町にまたがって広がる田園地帯ですが、80年ほど前にはこの地に巨大な池があったことはご存知のとおりです。干拓によって農地に変わったこの場所には多くの野鳥が生息するようになり、今では日本を代表する探鳥地になっています。
その一方で、近年は野鳥の姿が著しく減少しているとの声も聞きます。かつて中川先生がこの地でコミミズクやケリのほか、様々な野鳥の生息状況を調査してきましたが、その尽力の末に得られたデータを生かすためにも、当地の野鳥の調査を進め、成果を発信することが私の責務だと思っています。
「人の営みのすぐそばで暮らす巨椋池干拓地の野鳥の生きざま」。次回からはこれをテーマにまとめていければと考えています。引き続き、よろしくお願いいたします。