脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)
京都府南部に位置する「山城地域」。この地は近畿地方のほぼ中央という利便性のよい場所にありながら、天ヶ瀬ダムや甘南備山に広がる豊かな森林、巨椋池干拓地にみられる広大な農地、さらに京都府を代表する宇治川、木津川という一級河川など、多様な自然環境に恵まれています。多様な環境が見られるということは、その地にはそれぞれの環境を好む野鳥が暮らしているわけで、山城地域は野鳥の宝庫だと言えるでしょう。山城地域にはどんな野鳥が見られるのか。観察時のエピソードや彼らの暮らしぶりを含めて、紹介したいと思います。
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【オオルリ】
トップバッターは、春になると繁殖のために渡来する、夏鳥のオオルリです(写真①)。樹林で美しいさえずりを響かせるこのオオルリは、森林環境を代表する野鳥です。渡り時期には、緑地公園や社寺林などで姿を見せることもありますが、やがて樹林に囲まれた渓流沿いの崖地や木の根元などの隙間に、お椀型の巣をつくって繁殖を始めます。
巣づくりは雌の役割で、雌は大量のコケ、細い根、菌糸の束(リゾモルファと呼ばれます)などの糸状の巣材を集めて、中央にくぼみをつけたお椀状の巣を設けます。そこに3~5個の卵を産み、雌が約2週間かけて抱卵します。
その間、雄はナワバリ内の樹木にとまり、「ヒーリー、ジジ」とさえずりながら周囲の監視に務めます。ヒナが孵化すると、ペア協同で飛翔する昆虫や羽化した水生昆虫など捕らえて、ヒナに与えます。ヒナの巣立ちは早く、2週間ほどで巣から離れますが、しばらくは親子がともに過ごします。
オオルリの雄は、名前のとおり派手な瑠璃色を呈していますが、雌は地味な茶褐色です。雌は卵やヒナが発見されないように、保護色になっているのでしょう。一般的にはさえずりは雄が発するものとされていますが、オオルリの場合、雌も「ヒーリー」とさえずることがあるようです。ただし、これはナワバリ防衛と雌への求愛を目的とした雄のさえずりとは少し違い、巣卵やヒナに近づく捕食者に対する警戒ではないかと考えられています。
大雑把にいえば、雄はナワバリを守り、雌は卵とヒナを守っているのですね。
【ムナグロ】
農地や河川敷、広大な空き地などを好むムナグロ(写真②)。巨椋池干拓地の農地では、春と秋の渡り時期に見られます。ずんぐりした体形に丸くて大きな眼をもつ愛嬌抜群のムナグロ。田んぼや畑などの見通しの効く場所にたたずみ、首を伸ばし、眼をいっぱいに広げてキョロキョロと辺りを見渡します。狙いは地面を徘徊する昆虫やクモなどの餌です。獲物を見つけると、突然に猛ダッシュしては急停止、あるいは後ろや斜めに向きを変えながら追いかけてクチバシで摘みとります。大きな眼のおかげでよく見えるのか、薄暗い早朝や夕方でも餌を探し回っているようです。
地面だけではなく上空もよく見渡しています。タカ類の襲来に備えているのでしょう。危険を感じるとピタリと動きをとめます。田んぼ内を歩いているときはムナグロの存在に気づきやすいのですが、動きを止めると地面に溶けこみ、姿を見失うほどです。そして一度固まってしまうと、今度はなかなか動いてくれません。
夏羽のムナグロは、顔から喉、胸、腹にかけて黒色になることから「胸黒」の和名がつけられました。一方の英名は「Pacific Golden Plover」で、太平洋地域の金色のチドリという意味になります。こちらは、頭や背中が、白・黒・黄色のまだら模様になっていることに由来しており、夏羽のムナグロの背中は、日の当たり具合により黄金色に輝いています。和名と英名では、鳥の特徴をとらえる視点が違っていておもしろいです。
【ツクシガモ】
ツクシガモは、ユーラシア大陸で繁殖し、日本では九州の有明海を中心に渡ってくる冬鳥です(写真③)。九州を示す「筑紫国(つくしのくに)」で見られるカモというのが、和名の由来になっているのだとか。最近では、瀬戸内海や大阪湾など西日本の各地での目撃例が増えていますが、京都府での記録は多くはなく、日本海側の阿蘇海、舞鶴湾、京都市の広沢池、鴨川など12例ほどの記録しかありません(日本野鳥の会京都支部調べ)。干潟や泥の深い湖沼といった湿地を好み、水辺の泥に頭を入れたまま歩いたり、クチバシを左右に振ったりしながら昆虫や甲殻類、魚類といった餌を探します。
2023年の冬、野鳥の生息調査を進めている、中川宗孝先生と福井惇一さんが、精華町のため池においてツクシガモの群れを発見しました。貴重な情報をいただいた私も、早速、その場所に訪れて、可憐なツクシガモを観察することができました。クチバシの赤、頭部の黒、胴部の白の3色のコントラストが美しく、そこに胸のレンガ色のバンドが映える姿に感激! 来シーズンも来てくれることを期待します。
【マガン】
丹念に河川を観察していたら、「まさかこんなところで!」という場所で思いがけない野鳥との出会いがあるものです。これも野鳥観察の醍醐味のひとつでしょう。国の天然記念物に指定された貴重な野鳥のマガンとの出会いです。京都府では、マガンが日本海側の宮津市や京丹後市で観察されることはありますが、山城地域で目撃されるのは珍しいことです。
2021年の10月、木津川の上津屋橋の上流でマガン4羽を目撃しました(写真④)。浅瀬で羽繕いをしたり、顔を翼に隠して休息したりとリラックスした様子。4羽をよく見ると2羽は成鳥、もう2羽は幼鳥だったことから、この4羽は家族ではないかと思っています。繁殖地のあるロシアから越冬地の北陸地方や山陰地方へ移動する途中に、木津川でちょっと一休みをしたのかもしれません。
2023年の3月にも、桂川の天王山大橋の上流でマガン1羽を見つけました。マガンは、オオバンとヒドリガモの群れと一緒に陸にあがって雑草を食べたり、大きな流木にカワウと一緒に止まって休息したりと、こちらもリラックスした様子です。この個体は幼鳥だったことから、もしかしたら家族や越冬個体からはぐれてしまったのかもしれません。たった一羽で無事にロシアへ帰れるのか、ちょっと心配ですね。
ところで、かつて巨椋池が干拓される前には、多くの雁たちが巨椋池に飛来していたことをご存知でしょうか。その光景を詠んだ万葉集の和歌が「シジュウカラガン物語―しあわせを運ぶ渡り鳥、日本の空にふたたび!(京都通信社)」に紹介されています。
◆原文:巨椋(おほくら)の入江響(とよ)むなり射目人(いめひと)の伏見が田居(たゐ)に雁渡るらし。柿本人麻呂
◆現代語訳:巨椋池で夜を過ごした雁たちが一斉に飛び立ち、入江が反響する。その群れは、狩人が来るのを待ち構えている(伏して見る)田へ飛んでいく。
この本にも紹介されていますが、伏見区の名は「雁の群れを伏して見る」から来たという説があります。雁の群れが訪れていた巨椋池の光景を想像するだけでも、胸が熱くなりますね。
さぁ、待ちに待った季節が到来しました。冬鳥が消え去ったフィールドには、美しいさえずりを披露するオオルリと、黄金色に輝く夏羽のムナグロなどがやってきます。多くの野鳥の生きざまを、目と耳でしっかりキャッチし、その様子を本紙で紹介したいと思います。次回もご期待ください。