【脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)】
◆カワセミは減っている? 増えている?
「キィー」
自転車のブレーキをかけたときに発する金属的な音。これとよく似ているのがカワセミの鳴き声です。カワセミの声がしたかと思い、とっさに辺りを見渡したら、自転車に乗ったおじさんが対岸の下り坂を走っていたということも一度や二度ではありません。
カワセミは一年中みられる留鳥として日本各地で繁殖し、野鳥界のアイドル的な存在です。清流・宇治川のシンボルにふさわしいとして「宇治市の市の鳥」にも指定されています。
かつては河川や湖沼の水質汚染によって餌となる魚が減少したり、営巣地となる土壁がコンクリートで固められたりしたことでカワセミの個体数が減少したものの、最近では増加傾向に転じたと言われています。カワセミが増えた理由は、河川や湖沼などの水辺環境の改善が進んだこともありますが、加えてカワセミのもつ適応能力の高さにあるのかもしれません。清流のシンボルのイメージをもつカワセミですが、市街地を流れる都市河川や巨椋池干拓地を流れる農業用水路など様々な水辺に生息しています。また、基本的には警戒心の強い鳥であるはずですが、京都市内の鴨川や高野川では近くを人が通っても気にしない個体も見受けられ、双眼鏡やカメラを向けても素知らぬ顔で堂々としたもの。こんなカワセミのたくましさには学ぶところが多いですね。
◆派手なカワセミは意外と目立たない
空飛ぶ宝石の異名をもつカワセミ(写真①)ですが、派手な色彩とは裏腹に、絶妙に風景にとけこんで見つけにくい鳥です。確かに背中のブルーは水面の色、胸から腹のオレンジは土の色にうまくカモフラージュされています。そのためカワセミを探すには、姿を見つけるより鳴き声を頼りにする方が効率的です。池や川のほとりを散歩中に、自転車のブレーキをかける「キー」という音がしたら、念のため辺りを見渡してください。鳴きながら水面上をスーッと飛んでいるカワセミの姿に出会えるかもしれません。
ご存知のとおりカワセミの餌は主に川魚で、3~7cmくらいのオイカワを食べる姿がよく観察されます。その他にも甲殻類(ザリガニ・エビなど)やカエルのオタマジャクシ、水生昆虫なども食べます。ちなみに兵庫県姫路市にある「伊勢自然の里・環境学習センター」にすむカワセミが、なんと絶滅危惧種のタガメ(環境省レッドリストの絶滅危惧Ⅱ類)の幼虫を捕えて食べている姿を目撃したときは驚きました。
水辺の杭や水草、枝などにとまって水辺を凝視するカワセミは、餌を見つけると水面に直接ダイブしたり、空中一点にとまる停空飛翔(ホバリング)した後に急降下して水辺に飛び込んだりして、餌を捕えます。水に潜るときは「瞬膜」(しゅんまく)を閉じます。瞬膜とは、眼球の上を水平方向に動く半透明の膜のことで、眼の保護に役立っています。
うまく魚を捕えられれば、それを嘴にくわえたまま枝や杭にビシィと叩きつけ、魚が弱ったところを頭から丸のみします。鱗がのどに引っかかる尾っぽから丸のみしないところはさすがです。
◆カワセミの子育て
繁殖期にはペアごとに縄張りをもち、繁殖が終わると単独で縄張りを構えます。そして春先に雄が雌の縄張りに入り込んでペアとなります。カワセミは単独かペア、家族単位で見られることがありますが、群れをつくることはありません。
京都府では3月から8月がカワセミの繁殖期で、ペアが協同で抱卵とヒナへの給餌に励みます。梅林や早咲き桜が賑わう3月に入ると、カワセミの雄同士の縄張り争いが活発になります。普段は単独でしか姿を見ないカワセミも、この時期には雄2羽が追いかけ合いをすることも多くなります。よい縄張り、つまり餌が豊富に得られる場所をめぐり、雄たちの争いは熾烈です。
縄張りをキープできたら次は雌への求愛です。4月になると、雄から雌へ魚をプレゼントする求愛給餌や交尾が観察されます。先ほどカワセミは魚を頭から丸のみにすると述べましたが、雄から雌への求愛給餌の際は、雄はちゃんと魚の頭を雌の方へ向けて差し出します。そして雌が魚を受け取ればペア成立。おそらく、雌に魚の尾っぽを向けてプレゼントする気の効かない雄は、いつまで経っても雌の気を引くことはできないでしょう。
次は巣作りです。カワセミは水辺の土の崖に嘴と脚を使って50cm~1mくらいの横穴を掘って巣にします(写真②)。巣穴の一番奥には広めのスペースを設け、そこが産座になります。そして産座に4~7個の卵を産み、雌雄が交代で卵を温めます。抱卵日数は3週間ほどで、夜間の抱卵は雌がおこないます。雄と雌が抱卵を交代するときは、後から巣穴に入るほうが必ず鳴き声で合図します。巣穴が狭いので、2羽の親鳥が同時に出入りすることが難しく、こうした合図が欠かせません。
ヒナへの餌運びも雌雄交替でおこないます。ヒナはふ化後23日ほどで巣立ち、1回目の繁殖が終了します。その約10日後には2回目の繁殖が始まります。
◆短い脚の謎
カワセミ科の鳥は体のわりに頭が大きく、胴部はがっしりとしています。そして極端なほどに脚と首が短く、これがデフォルメしたイラストの鳥みたいでかわいらしさを強調しています。
短い脚ならたいした役に立たないだろう、と思われるかもしれませんが意外や意外。じつは、この脚なしではカワセミは繁殖ができないのです。カワセミの脚に注目してみると、まず第2~4趾(人でいう人差指・中指・薬指)の根元がくっついた合趾足(ごうしそく)と呼ばれる形状になっています。合趾足は例えるならスコップのような形になっており、土をはじき出すのに役立ちます。崖に横穴を掘って巣をつくるカワセミにとって、指が癒合した短い脚のスコップは、土をかきだすのに好都合というわけです。
◆カワセミを公園に誘致するには
私は大のカワセミ好きです。じつはケリよりも先にこのカワセミの繁殖生態を研究し、日本野鳥の会の研究雑誌「ストリクス」に投稿し、初の論文デビューを果たすことができました。こうした経緯から、カワセミには他の鳥にない思い入れがあります。
20年ほど前、島根県出雲市にある「宍道湖グリーンパーク」という野鳥観察公園に勤務していたときのことです。なにか公園の目玉になる鳥を呼べないかと、園内にあるビオトープ池にカワセミを誘致する実験を試みました。実験では、カワセミが営巣できるコンクリート製の人工営巣崖を池のほとりに設置し、その崖に6つの穴を設けました。そしてカワセミの動向を観察しました。
するとひょっこりと1羽のカワセミがやってきて、興味深そうに穴をのぞいているではありませんか。やがて2羽のペアが観察されるようになり、その人工崖を営巣場所として利用。このペアは6月から8月の2か月間で2回の繁殖を成功させ、合計8羽のヒナを無事に巣立たせました。
これらのカワセミの子育ての様子と人工営巣崖の図面を下記の論文にまとめています。興味のある方はぜひ参考になさってください。また、行政や公的機関、寺社などの関係者で、カワセミを誘致して愛鳥教育の普及に貢献いただけるなら私も喜んで協力させていただきます。
・コンクリート製人工崖で繁殖したカワセミ
https://www.wbsj.org/nature/public/strix/16/Strix16_18.pdf
◆宇治田原町でバンディングを開始
今年から宇治田原町を流れる河川やため池、谷津田などで鳥類標識調査(バンディング)を実施しています。調査の目的はカワセミ(写真③)やその仲間であるヤマセミをはじめ、アオシギ、オシドリ、カワガラスといった渓流や湿地を好む希少な鳥類の生息の有無を確認することです。中川宗孝先生によると、かつての宇治田原町は希少なヤマセミが比較的簡単に観察できるスポットで、町内に巣も確認できたとのことです。しかし新名神高速道路の建設などで宇治田原町の環境の変化が激しくなり、現在の希少な鳥類の生息状況をきちんと把握する必要性に迫られてきました。特殊な環境に生息し、目視による確認の難しいこれらの鳥は、標識調査による捕獲確認が有効です。しかも個体識別用の足環を装着することで、その鳥の移動ルートや寿命を知る手掛かりにもなります。
ただし、こうした大掛かりな調査には野鳥に詳しい方々の協力が必要です。野鳥観察会の講師として活躍されている岡井勇樹さんに助っ人をお願いすることが多いのですが、調査日に都合がつかないときには、お父様の岡井昭憲先生や竹内康先生にご協力いただくこともしばしば。宇治田原町の調査地で、泥まみれになりながら調査用ネットの設置にお力添えいただいています(写真④)。調査はまだ始めたばかりですが、ある程度のデータが集まれば、皆様にご報告したいと思います。朗報にご期待ください。
春はカワセミの恋の季節。彼らの動きも活発で鳴き声もよく聞かれます。河川敷へ花見にお出かけの際は、ついでにカワセミ探しを楽しんではいかがでしょうか。思わぬところで空飛ぶ宝石に出会えるかもしれませんよ。