【第338号】愛鳥月間トピックス③ ケリの続々報

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【中川宗孝(環境生物研究会・城陽環境パートナーシップ会議)】
愛鳥週間恒例の野鳥讃歌の報道も、決して万人に届くメッセージではありません。野鳥の保護と愛護を取り違えた感覚の人々も多く、有害鳥獣対策の駆除問題での賛否両論はその最たるものと言えるでしょう。そんなエピソードから聞いて下さい。
本来、野生鳥獣の捕獲や飼育は法で厳しく禁じられていますが、期間を定めて特定の種の狩猟が認められています。そして、農業被害に代表される有害鳥獣の駆除が年間を通して各地で実施されています。かつて、国の特別天然記念物でありながらヒノキの植林に害をなす有害獣としてニホンカモシカが岐阜県や長野県で駆除され、射殺シーンまで放映されていました。
学生時代から自然保護運動に携わってきた筆者にとって、カモシカとの共生をめざして苗木への防除ネットや防護柵の設置に従事するボランティア保護団体への参加は必然でした。そして、この時に出会った「カモシカの会」の仲間たちに触発され、現在のナチュラリストの冠とする『郷土の自然財産である野生の生命のメッセンジャー』たる大上段のキャッチコピーで、自然環境保全と希少野生生物保護の啓蒙活動をライフワークとして活動しています。
野鳥の魅力に目覚めたのも、カモシカ仲間から野鳥の宝庫・巨椋池干拓田を教えてもらい、日本鳥学会の門を叩くきっかけとなったコミミズクとの幸運な出会いが、鳥類研究に不可欠な鳥類標識調査員・バンダーの資格修得に至って、保護された野鳥の放鳥や動物園で展示できない傷病鳥なども府からの委託で引き取ってきました。中にはカラスやムクドリなどの食害のクレームも数多く届き、愛鳥家からは有害鳥獣駆除をやめさせろ!との、お門違いの対応には正直へきえきとしていました。
もう30年も前、助かる見込みのないツバメを持ち込んで涙目で懇願する小学1年生の女の子に、『大丈夫だよ。すごい獣医さんがいるからね。』と伝え、後日に別の写真を見せた罪悪感もすべてを悟った母親の表情に救われ、許される嘘を重ねてきました。また、耕作でケリの巣を壊すことになるからと、遠路・淀から卵を届けてくれた農家の辻おじいさんにも、法をかざした勧告よりも野鳥の命への優しき配慮に感謝で応えています
以前から、生態系を攪乱する外来生物の駆除と、過度に増加したシカやイノシシの間引きの必要性、また、農業被害著しい鳥たちに目に余る漁業被害のカワウの駆除も致し方ないと公言してきました。かくして、アライグマやヌートリアの駆除を目的とした罠猟師の狩猟免許を取得し、猟友会にも属する唯一の日本鳥学会員の誕生です。現在は「日本爬虫両棲類学会」での研究発表を年間最大行事にしていて、野鳥と同じく両生・爬虫類の情報もたくさんいただいています。
ご存じの通り、マムシはヤマカガシと共に毒蛇ですが、駆除依頼があって捜査や引取りに赴くも、本来は移動も殺すことも法で禁じられているという矛盾があります。これは侵略的外来生物に指定のカミツキガメなども同様で、とかく鳥獣の駆除や保護には法律的な問題がついてまわり、その対応には臨機応変な緊急避難的処置が求められます。
こうした長々とした巻頭言も、愛鳥週間の話題を集めた久御山町の鳥・ケリが東角小学校のグラウンドで繁殖し、放棄された卵の孵化を願う子供たちの想いに水を差す意見を憂えるとり越し苦労の説明です。たくさんの人たちから無事に孵化することを願う激励が逆に重いプレッシャーとなって、残されたナチュラリストの運を使い果たしてもいいとさえ思う今日この頃、学会発表を続けてきたケリのユニークな研究を振り返っての報告第3弾にお付き合い下さい。

◎フォトレポート

イタチやアライグマなど、敷地内での有害獣の駆除は問題ありませんが、カラスとて繁殖中の巣卵の破壊はご法度です。ちなみに糞害の苦情が多いイエコウモリと呼ばれるアブラコウモリでは、外来種のように駆除することはできず、追い出し策で対応します。
今年もカラスの巣の駆除の要請がありましたが、担当部署が行政の許可の下にとり行います。それでも、産卵前の造巣中や放棄された巣卵の撤去は罰せられることはありません。また、野鳥の死体といえども希少鳥類では、剥製目的などの密猟も考えられ、オオタカなどの希少鳥類では拾得物扱いの個人所有も認められないのが通常です。
近年は鳥インフルエンザのこともあって野鳥の屍を持ち帰る人もいないでしょうが、明らかな事故死や巣の放棄による残骸は研究材料や資料となり得ます。今年も既報のケリの他、京田辺市の天王で防鳥ネットにかかったフクロウの屍を回収いただいた野村治先生(写真①左)から引き取り、ジュニアメンバーの福井惇一君が、教材用の骨格標本や羽毛の部位にしてくれました。(写真②) 同じく既報の事故死したキジも骨格標本にし、卵もスプレーで固めた標本資料としての活用を予定しています。
そんな時、レース鳩や鶏などを飼育する猟師仲間の西口昌弘さんが、かつて友人から託されたキジの卵をチャボに抱卵させて孵化したと聞き、回収したキジの卵8個の内5個を一緒にお世話いただく久保田明子さん(写真③左)にお願いしたことが伏線となり、東角小学校のエコキッズたちの願いを込めたケリの卵も迎え入れられました。紙面での朗報発信も責任重大とばかりに、早速、西口さんは孵卵器を調達され、筆者のダメ元の気持ちも奇跡を願う想いへと変りました。(写真④)
肝心のケリの孵化関連の研究の話では、当時、産卵巣の4割近くが耕作で破壊されることから、他のペアの巣に托卵させる保護策を考えました。通常は3~4卵で、希に5卵のケリの巣に、放棄の運命にある卵を同時期に産卵した巣に分散して入れて育ててもらう「里親プロジェクト」です。自慢の愛弟子・脇坂英也君がケリの研究で学会デビューした日本鳥学会1995年度の早稲田大学大会で、尊敬する先生方に意見を求めるアンケート調査を実施しました。果たして、後日返答があった返信ハガキ約50枚の結果は、見事に真っ二つに分かれていました。
賛成派の代表は、東大名誉教授の樋口廣芳先生で、『誰にもできない環境が揃っている今を逃すな!』との主旨の心強い支援の言葉をいただき奮い立ちました。かたや上田恵介・立教大学名誉教授で現日本野鳥の会会長からは、『繁殖期の負担でエネルギーの消費とストレスを与えることは好ましくない。』とのリスクと過度の保護への警鐘を受け、浮足立っていたことを反省しました。
結果的には2巣のみで仮実験をし、共に無事孵化から育雛を見届け、以後はまだまだ知られていないケリの生態に着目することを旨としました。そして2年後、雌雄判別が困難なケリにあって、成鳥のペアを捕獲する匠の技の開発で、翼爪と呼ばれる突起の色と大きさが有効であるとの研究発表を行い、樋口先生、上田先生の期待に応える成果を挙げることができました。ケリの調査を引き継いだ脇坂英弥君(写真⑤左)は、最先端技術のDNA解析による自説の実証を経て今日のケリの第一人者として活躍する鳥類学者となりました。
現在、巣を残して耕作いただいた京田辺市(写真⑥⑦)と、駐車場で発見された再々産卵のケリの巣を鳥垣咲子さんや福井惇一君・千田真大君(写真⑧)たち脇坂君のサポート調査員たちと見回っています。ケリの命を左右する傲慢な思いは愛鳥思想には程遠く、見捨てられた命の誕生を願う想いこそ愛鳥の原点であることを教えてくれた東角小学校のケリ物語の発信で、5月の愛鳥月間にふさわしい話題提供となったことを嬉しく思っています。

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