【中川宗孝(環境生物研究会・城陽環境パートナーシップ会議)】

木津川川漁師を公言する爬虫類派ナチュラリストにとってのシーズンオフは、鳥人ナチュラリストに徹して子ども・鳥博士養成プログラムの始動です。バードウォッチングに飽き足らないジュニアメンバーを、鳥類標識調査の研修で更なる科学の目を養う機会になることを願っている昨今です。
ナチュラリストにとって、自然環境の指標となる野鳥や生き物たちの生息状況の把握は、欠かすことのできない郷土の環境資料となっています。生態系・食物連鎖で複雑にからみあう自然界の生き物たちに目を移すと、生息確認がままならない希少生物が数多く、専門分野にとどまらない動物や新たな外来生物の知識なども求められ、ライフワークとするフィールド調査の課題は尽きることはありません。
環境省による「絶滅の恐れのある野生生物・レッドデータブック」も、希少野生動植物の現状を把握し、保全・保護方策の検討や一般市民への普及・啓発を目的として1991年に作成され、地方公共団体においても1995年の神奈川県・三重県に始まり2005年には全都道府県のレッドデータブックが出そろっています。
また、日本哺乳類学会編や近畿版の鳥類編に植物編など、学術団体によるレッドデータブックも作成されています。市町村編の草分けとして注目を浴びた2008年刊行の「宇治田原町レッドデータブック」では、各分野の文献・聴取記録を掘り起こし、3年間の調査を経て完成に至りました。地元城陽市では、2010年に「生き物ハンドブック」として脊椎動物編のレッドデータブックを作成し、2014年に改訂版を発表しています。
鳥類研究者として関わってきたレッドデータブックでは、京都府版発行の2002年度の日本鳥学会大会で「京都府南部に於ける希少鳥類・レッドリスト」を発表し、同じく宇治田原町・城陽市と共に、南山城村と巨椋池干拓田・木津川河川敷フィールドのレッドリストと生息状況の公示を続けてきました。また、日本爬虫両棲類学会大会でも、2008年度の「京都府南部に於ける両生・爬虫類の生息状況」の研究発表以来、各フィールドのレッドリストと詳細情報最新版の報告を行っています。
目的を持って臨むフィールド探査は様々な生き物たちとの出会いを演出し、肩を落とした膨大な時間も決して無駄ではなかったことを実感する思わぬ発見に、更なる夢も拡がります。高齢者仲間入りのロートルナチュラリストが、あとどれだけ期待に応えられる成果を残せるか、自然の中での宝探しのロマンは続いています。今回も、そんなナチュラリストゆかりのお宝生物・コミミズクを巡る話題にお付き合い下さい。

◎巨椋池干拓田のコミミズクに魅せられて

日本鳥類保護連盟の機関誌「私たちの自然」最新号に、巨椋池干拓田のコミミズクの記事が掲載されています。(写真①) 齋藤慶輔・獣医師による「北海道の大型猛禽類の鉛中毒」に、山階鳥類研究所の千田万里子・専門員の「身近な冬鳥の危機:いつの間にか減っていたカシラダカ」と共に、筆者のコミミズクの報告が特集・冬の渡り鳥をテーマにした巻頭を飾っています。
ここでは、コミミズクの生息地が京滋バイパスと京奈和自動車の建設でT字型に分断された結果、まったく見られなくなった経緯と共に、身近な冬鳥のカシラダカやニュウナイスズメの大群も同様で、生息鳥類の確認数も前年までと比べて激減したことを報告しています。道路建設から30年の年月を経て、これを機会にかつての野鳥の宝庫の巨椋池干拓田で、今シーズンの冬鳥調査の実施を検討しているところです。
そもそも本格的な野鳥観察を始めたきっかけは、鈴鹿山系でのニホンカモシカの保護活動に従事していた仲間から、巨椋池干拓田という優れた野鳥観察のフィールドが近くにあることを教えられ、早速双眼鏡を新調して出かけたのは1982年の11月のことでした。ほどなく観察した野鳥が30種類を数え、識別できない不明な野鳥もいたこともあって、俄然野鳥熱に火がつきライフサイクルも巨椋池干拓田詣でとなりました。
巨椋池干拓田という何のへんてつもない農耕地に数多くの野鳥が生息する不可思議と、夕刻を待たずに活動するフクロウの仲間のコミミズクの観察は、日々新たな発見でフィールドノートが埋まっていきます。こうした結果、巨椋池干拓田で観察できた野鳥は一年間で135種類を数えるまでになり、1999年度の日本鳥学会大会でサルハマシギやオオワシ・ツリスガラなど、これまで京都府内で記録のなかった10種類を含む184種類の野鳥と、19種類の篭脱け鳥の観察記録の詳細を「南山城鳥類目録」として発表し、現在まで改訂を続けています。(写真② 鳥類目録のイラストは富士鷹なすび氏)
コミミズクの観察では、捕獲した野ネズミを一時的に隠す貯食習性がある生態の新発見を機に日本鳥学会の門を叩き、毎年同じ個体が飛来しているとの仮説も、環境省の標識足環を装着したコミミズクのリターンによって自説を実証しています。(写真③貯食したネズミを喰う標識個体) 活動前の夕刻に少しずつ接近しながら人馴れさせる方法で、遂には30㌢の距離まで近づいての観察で、顔による個体識別の賜物は胸を張れる成果でした。これらの記録が収められた科学番組やニュース特集は一生の宝物となっています。(写真④)
そんなコミミズクも、今や絶滅危惧種の幻の鳥となりました。近年、淀川河川敷で確認されるや、平日から400人を超す人たちが押しかけたとのニュースが流れ、巨椋池干拓田のコミミズクを独り占めしていた頃を懐かしんでいました。
京都府レッドデータブックの表紙にもコミミズクの写真が使われ、鳥類と共に両生・爬虫類の写真でも協力しているナチュラリストゆかりの希少生物たちを、宇治田原町、城陽市共々HPでもご覧いただきたいものです。(写真⑤⑥珍しい黒色型のヒバカリ・京都府版と城陽生き物ハンドブック)
かつての鳥人ナチュラリストも、今やカメにヘビにカエルの両生・爬虫類がメインのフィールドワーカーとして今シーズンの日本爬虫両棲類学会大会での研究発表を控えています。年間最大行事の檜舞台で、10月16日に京丹波町で発見された日本最大級のシマヘビの抜け殻・188㌢(写真⑦)を披露してきます。あらためての報告をお待ちください。

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