【脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)】
季節はいつのまにか秋へと移ろいました。繁殖を終えた渡り鳥たちは、厳しい冬を乗り切るために北から南へと旅立つこの時期は、ふだん見慣れない野鳥たちに出会えるチャンスでもあります。鴨川や宇治川、木津川にはすでに冬鳥のカモたちの姿がちらほらと見られるようになりました。
さて、新たな研究テーマに加わったタマシギの生息調査も、繁殖期である来年の春には本格的に進めるべく、共同研究者の中川宗孝先生・岡井勇樹さんとも計画を練らなくてはなりません。今シーズンに予定していた京都府の希少野生生物・タマシギの標識調査ですが、府から特別捕獲等許可をいただいていたにもかかわらず、今年は「捕獲なし」との報告になりそうで残念ですが、もちろん来年こそはと意気込んでいます。ありがたいことに、日本野鳥の会京都支部の方々からタマシギの観察情報を提供いただいていますので、私たちの標識調査とこれらの記録を含めた研究成果をまとめて、京都府の希少野生動物であるタマシギの生態解明と実態把握に貢献したいと意気込んでいます。
いよいよ野鳥の渡りシーズンたけなわ。サシバやハチクマといった夏鳥が京都を離れ、これからはツミ、ハイタカ、ノスリといった冬鳥のタカたちがやってきます。今回は誰もが憧れるタカの仲間にクルーズアップして、彼らの生態やエピソードを紹介します。どうぞお付き合いください。

 

【サシバ】

6月9日に開催された和束川自然観察会は、じつに収穫が多いものでした。まずは下見のおりに、中川宗孝先生が事前に確認されていたイカルチドリの営巣を観察することができ、続けて水生昆虫や魚類など水辺の生き物に詳しい田中寿樹さんが、いとも簡単に絶滅寸前種のスジシマドジョウを捕獲して確認することができました。これは負けていられないと私もタモ網を握り、流れの早い波立つポイントでカジカガエルを捕獲することに成功しました。南山城地方で唯一生息が確認されている和束川でも、鳴き声は聞こえても姿をみるのは難しいそんなお宝生物をみんなに披露して、テンションも最高潮です。
参加者に目を向けると、和束町のキッズたちの活き活きとした姿がありました。虫カゴを肩にかけた小学生の男の子が、講師の我々に「僕は和束町にずっと住むねん!」と宣言。「そういう子に限って、すぐに都会へ出ちゃうんだけどね…。」とジョークでつっこんだ主催者のスタッフの方との会話が笑顔を誘う、ほのぼのとした楽しい観察会となりました。
観察会が無事に終了し、参加者の皆さんが解散した後のことです。少しでも時間があれば双眼鏡で鳥を探す岡井勇樹さんが、山の尾根沿いの上空を舞うサシバを発見しました。定期的に和束町の鳥類を調査している中川宗孝先生によると、今年一年間で町内におけるサシバの確実な記録は、なんと今回の確認によるものだけとのことでした。見渡す限りに広がる茶畑、谷部に伸びる谷津田、両生類が好む湿った水田やヘビが好む水辺の草原、石垣も見られます。景観だけみると、両生類や爬虫類を餌にするタカの仲間のサシバが営巣していてもおかしくないはずです。 環境省では「絶滅危惧Ⅱ類」、京都府では「絶滅危惧種」に指定されているサシバの、和束町での繁殖確認が今後の課題です。

 

【ミサゴ】

私の生まれ故郷である兵庫県明石市は播磨平野とよばれる広大な平野部にあり、小高い山地はほとんどない平らな地形です。海岸や河川、大きな湖沼に生息し、もっぱら魚を専門に狩るタカの仲間であるミサゴは、一般的には高木の頂や岩棚に営巣します。ところが播磨平野ではその常識は当てはまらず、送電線の鉄塔のてっぺんが彼らのお気に入りです。もし兵庫県を東西に通る山陽自動車道を走る機会がありましたら、ぜひ車窓から見える大きな鉄塔を探してみてください。三木市から姫路市あたりがポイントになるのですが、注意していればいくつもの鉄塔が見られ、その中に鉄塔のてっぺんにかけられた大きな巣に気づくかもしれません。それがコウノトリなら話題になるのでしょうが、ミサゴではそれほど盛り上がりません。ミサゴだって希少猛禽類(環境省では「準絶滅危惧」、京都府では「絶滅危惧種」されている)なのですが、地元の日本野鳥の会の知人も気にかけている様子はなさそうです。
ミサゴにとって大きな鉄塔は、枝ぶりのよいマツの代替場所なのでしょう。ただし、立地条件には厳しいようで、加古川のような大河川やダム湖のような大きな水辺のそばを好むようです。もちろん餌が近くにあるからに他なりませんが、彼らのハンティングを観察していると、水面に浮かんでくるブラックバスやコイに狙いを定め、上空から一気に水面に急降下して鋭い両脚で獲物を捕えています。まさに豪快な水辺の狩人と言えるでしょう。

 

【チョウゲンボウ】

かつては冬鳥であったチョウゲンボウも、近年では京都市のJR二条駅構内で初めて巣を架け、続いて城陽市でも繁殖が確認され、見かける機会も随分と増えました。春から夏にかけて巨椋池干拓地の田んぼをうろつくものだから、そこで子育てしているケリやタマシギなどの親鳥は気が休まりません。チョウゲンボウは京滋バイパスの橋脚や電柱にとまって獲物を見張り、そこからいっきに急降下してハンティングをおこなうのですが、体の大きさがハトくらいとさほど大きくないので、主にスズメやカワラヒワ、ムクドリなどの小鳥と、野ネズミやバッタを捕食しています。
以前のチョウゲンボウは京都府の「準絶滅危惧種」でしたが、繁殖個体群の規模は極めて小さい状況にあるという判断もあって、2015年の改訂により「絶滅危惧種」にランクアップされ、今後の動向が注目されています。
ちなみに、チョウゲンボウという名の由来は判然としないようです。一説によると「長元坊」という不思議なお坊さんの名前からきたのではないか、あるいはトンボの方言である「ゲンザンボー」からついたのではないかと言われていますが、はっきりとはわかっていません。

 

【ハヤブサ】

最後はほのぼのとした話題です。 西明石のマンションに住む父の話です。母に怒られないようにベランダでこっそりタバコに火をつけ、明石海峡に浮かぶ淡路島を眺めていたときのこと。突然、ものすごいスピードで飛翔する鳥の姿が視界に入り込んできたと言います。その鳥はハトの群れに突入するハヤブサであったというから、なんとも羨ましい限りの話です。
7年前に発表された日本鳥類目録改訂第7版では、国内の鳥類の分類に大きな変更がありました。古い鳥類図鑑では、ハヤブサはタカ目ハヤブサ科の鳥としてタカ科のチュウヒの次に掲載されていました。ところがDNA分析の結果を考慮した最新の分類では、キツツキ目とスズメ目の間に新たに「ハヤブサ目」が設けられ、ハヤブサはハヤブサ目ハヤブサ科としてタカ目から切り離されました。外見からはタカに近いと思ってしまいますが、それは他人の空似で、むしろハヤブサはスズメやインコに近い鳥とのこと。格下げというわけではありませんが、なんとも気の毒に思うのは私だけではないはずです。
その後も父は「ハヤブサみたいな希少なタカが、明石にもおるんやなぁ。」と、ベランダから観察したときの話を嬉しそうに語っていました。もちろん、そんな父に「ハヤブサはタカの仲間と違うで!むしろセキセイインコやで!」といった野暮なつっこみはさすがに控えて苦笑いです。
バードライフインターナショナルの発表によると、世界の557種の猛禽類のうち52%(292種)で個体数が減少し、18%が絶滅の危機に瀕しているとのことです。もちろんハヤブサも例外ではなく、環境省では絶滅危惧Ⅱ類、国内希少野生動植物種、そして京都府では絶滅危惧種に指定され、国内では危機的な状況にあります。そのいっぽうで、近年は都市部の人工構造物で繁殖する個体が見られることもあり、なかなかのたくましさを持ち合わせていることも確かです。そんな意外性もハヤブサの魅力のひとつなのかもしれません。

今回紹介したタカの仲間は、広い行動圏をもち、生態系の頂点に位置する存在であり、誰しもの憧れの鳥となっています。しかし広い行動圏をもつことから観察が難しく、詳しい生態は明らかになっていません。ただ、注目されるのはタカの仲間が好むのは里山という環境であるということ。里山は、水田や河川、雑木林がモザイク状に連なる環境で、こうした地を生息場所にするカエル・トカゲ・ヘビ・野鳥・小さな哺乳類が、タカの仲間の重要な餌となっていることは明らかです。
ケリにタマシギと、ついつい田んぼに目を向けてしまう私ですが、食物連鎖の頂点に位置する憧れの猛禽類を求めて里山を探索することで、豊かな自然環境を実感し、すそ野の拡がりを示すたくさんの生き物たちと出会えることは研究者の特権です。これから訪れる厳しい冬を生き抜く、そんなタカたちの生き様にも注目してのフィールド探査が始まります。
現在取り組んでいる和束町の野生生物生息調査の記録が、次代に残したい郷土の自然財産としての資料作成に貢献すべく頑張っています。ご期待下さい。