脇坂英弥(環境生物研究会・巨椋野外鳥類研究会)

【新年のごあいさつ】

明けましておめでとうございます。新しい年を迎えるにあたり、読者の皆様にご挨拶できる機会を与えていただけたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。本年も「里山通信」(HP・電子版)を通して、京都府南部のホットな自然情報や活動報告を発信したいと思います。どうぞ宜しくお願いいたします。
昨年の春は、水田や畑地に生息するケリ(写真1)とタマシギを対象とした詳細な調査を計画していました。しかし新型コロナウイルス感染症の影響を受けて、スタートから出遅れてしまいました。春は野鳥の繁殖期であり、野鳥の生態を調査するうえで重要な時期です。農地は人工的な環境ですが、じつに様々な生物が生息していることは周知のことです。農業活動という人為撹乱をいかに回避して、野鳥たちが巣づくり・抱卵・ヒナの世話をしているのか。これをテーマに研究を続けている私にとって、春の出遅れは痛手でした。とは言え、鳥垣咲子氏からの情報提供のおかげで、2020年6月16日に府の希少野生生物・タマシギのヒナ3羽に標識足環をつけられたのは救いでした(写真2)。これで学術調査の許可をくださっている京都府に報告ができるとホッとしました。
楽しい出来事が長くずっと続くという意味で「長楽萬年」という言葉があります。野鳥とそれにまつわる人々との出会いはまさに楽しいことの連続です。ここは気持ちを切り替えて、今年は計画立てたフィールド調査に邁進したいと思います。

【巨椋池干拓地のシギ・チドリ】

気象庁は50年以上続けてきた植物・昆虫・野鳥などの季節観測を、植物6種に絞ると発表しました。各地の気象台の職員などが観測している動植物は、ウグイス・トノサマガエル・アブラゼミ・シオカラトンボ・サクラ・ウメなど合わせて57種類もあり、これまでツバメを目撃した初見日や、ウグイスやセミなどの初鳴き日を気象台周辺で記録していました。しかし、近年、気象台周辺で都市化が進んだことで、対象の動植物を見つけることが難しくなり、定点観測の維持ができなくなったようです。なんともさみしい気がします。
それでも私たちが続けているフィールドワークから得られる様々な生物の確認情報は、季節の移ろいとともに刻々と変化しています。その代表格がシギ・チドリのような渡り鳥です。多くが春と秋の渡りの時期に、一時的に水田や湿地に飛来して翼を休めます。
昨年の秋に巨椋池干拓地に飛来したシギ・チドリのカウント調査を行ない、得られたデータをバードリサーチが主催する全国一斉調査や日本野鳥の会の鳥信記録に報告しました。9月27日は久御山町の農地でお目当てのエリマキシギ(写真3)が2羽見られたほか、コチドリやムナグロ(写真4)を確認しました。10月8日は巨椋池干拓地を流れる古川でアオアシシギを、水の張られた休耕田でオグロシギ・セイタカシギ(写真5)・タカブシギ・タシギ(写真6)を確認しました。改めて巨椋をまわってみると、なんと野鳥の多いことか。最近は巨椋の野鳥が少ないなぁ、と嘆いていましたが、まだまだ日本を代表する探鳥地として充分な価値があると認識しました。
今年の巨椋も忙しそうです。まずは「春にケリ調査を見学させてほしい」と大学の学生さんからリクエストがありました。ここは捕獲技術に長けた中川宗孝先生とともに、魅力的な巨椋の地を存分に案内して差し上げましょう。そして、本紙をとおして話があった、NHK番組「さわやか自然百景」の取材が再開されることを願っています。昨年はディレクターの方々と打ち合わせや現地の下見をしたのですが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、残念ながら撮影が延期となりました。今年の春、巨椋の自然風土とそこで育まれる生きものたちの姿を全国に紹介できればいいのですが…。静かにその機会を待ちたいと思います。

【和束町での生物調査】

3年がかりで取り組んできた和束町での生物調査の仕上げとして、和束川近くの茶畑に囲まれた草原で「鳥類標識調査」を実施しました。標識調査とは、一羽一羽の野鳥を区別できる足環標識をつけて放鳥し、観察や再捕獲によって、その野鳥の移動や年齢などを明らかにする調査のことで、環境省と山階鳥類研究所が主体となって実施しています。
昨年10~11月の調査では、アオジ・カシラダカ・ウグイス・メボソムシクイ・ノゴマ・ジョウビタキを捕獲し、足環をつけて放鳥しました。ノゴマ(写真7)は北海道やロシアで繁殖して、与那国島や東南アジアで越冬する渡り鳥で、春と秋に京都府を通過していきます。しかし茂みに潜んでいることは多く、観察は容易ではありません。今回の捕獲確認により本種が和束町を通過していることが明らかとなり、貴重な記録が得られました。アオジ(写真8)のリターン記録もありました。この記録は2019年11月10日に当地で放鳥した個体(足環番号:2S‐00660)が、1年後の2020年11月7日に同じ場所で捕獲されたもので、同一個体が同一場所に戻ってきたという証拠となります。アオジは和束町では冬鳥ですから、春から夏に過ごした繁殖地(どこで繁殖したのかは不明ですが)からはるばる和束町に帰ってきたということです。20㌘ほどの小さな体で、どのようなルートを渡りこの地にたどり着いたのか。標識調査はこうした野鳥の神秘に触れることのできる貴重な時間だと実感します。

【ガイドブック作成に向けて】

和束町でのフィールド調査の最終日に、ガイドブック作成に際してお世話になっている和束町教育委員会町史編さん室の尾野和広先生がお越しになり、調査地の環境や標識調査の様子をご覧いただくことができました。尾野先生から、これまで蓄積してきた調査結果をベースに町民向けのカイドブックをまとめるとうかがっています。山中十郎氏のコレクションから厳選した野鳥写真、秋を中心に取り組んできた標識調査で撮影した写真、確認種一覧の表をまとめ、中川宗孝先生のチェックを経て、尾野先生に提出されました。
カイドブックには、和束町の様々な環境にどんな動植物が見られるのかを分かりやすく紹介するそうで、今後は全体の構成を整え、原稿作成に入ると思われます。このカイドブックが世に出れば、和束町での生物調査もいよいよ終了となります。もうひと踏ん張りです。

【宇治川の鳥類相】

これまで巨椋池干拓地でケリやタマシギをメインに調査を実施していましたが、兼ねてより隣接する宇治川での調査ができないかと考えていました。夏のツバメの塒(ねぐら)として有名な宇治川河川敷に広がるヨシ原ですが、それ以外の野鳥の生息状況については明らかになっていませんでした。ここで標識調査を継続的に行ない、鳥類相を解明することは重要ではないか。そう考えていた矢先に背中を押してくれたのが、龍谷大学を退官された植物学者の土屋和三先生です。土屋先生から「宇治川の希少植物の保全に役立てるため、合わせて生息する鳥類について調べてくれないか」という打診があったことを中川宗孝先生からうかがっていた私は、11月21日の城陽市環境フォーラム後に現場へ直行し、調査場所の選定に取りかかったのでした。
予備調査を始めると、ヨシ原を代表するオオジュリンをはじめ、アオジ・カシラダカ・ホオジロ・モズ・ジョウビタキ・ウグイス・ベニマシコ(写真9)・カワラヒワなど草原性の野鳥が次々に捕獲されます。また共同調査者の岡井昭憲先生が双眼鏡で視認されたキツツキの仲間・アリスイ(写真10)が捕獲されたほか、京都府では越冬記録の少ないホオアカ(写真11)も捕獲され、期待以上の結果に驚いています。また、調査中にチョウゲンボウ・ハヤブサ・ミサゴ・ノスリ・オオタカ・ハイタカ・ヒクイナなど、京都府レッドリストに掲載されている希少鳥類の生息も視認されました。
今までケリやタマシギの調査のために巨椋へはなんども足を運んできたのに、隣接する宇治川に着目してこなかった自分を恨みます。これからは定期的な調査を行ない、宇治川の鳥類相を解明する予定です。

【アオバズク用の巣箱設置】

昨年の春に入手した巣箱を活用しなくてはなりません。枝が腐って幹にできた穴やキツツキがつくった巣穴など、樹木に開いた穴(樹洞)は多くの野鳥の繁殖場所になります。 ただ、こうした樹洞ができるのは、樹木がある程度大きかったり、老木のために一部が腐ったりすることで形成されることが多く、自然林の中であってもそう豊富にあるわけではありません。野鳥の世界も住宅難ですから、巣箱を設置することで人工的に巣穴を提供し、野鳥の繁殖の手助けをすることができます。もちろん地上に皿型の巣をつくるヒバリ、枝先や木の股に小枝を集めて巣をつくるヒヨドリなどは巣箱を利用しませんが、樹洞を好むシジュウカラ・ヤマガラ・ムクドリ・スズメはすぐにでもやってきます。
準備している巣箱のサイズでは、フクロウには少し手狭で期待できませんが、アオバズク(写真12)・アオゲラ・ブッポウソウ(高望みですが)にはジャストサイズのはずです。本来はムササビ用につくった巣箱ですから、ムササビが利用する可能性もあります。
巣箱の設置には土地管理者の許可が必要なため、まずは青谷クヌギ村で環境教育や生物調査などの活動をされている、生きもの調査隊の竹内康先生に相談したいと思います。また、青谷クヌギ村では生息の可能性のあるミゾゴイやフクロウも改めて調査しなくてはなりません。新年を迎えた新たな気持ちで、巣箱をかかえてフィールドへ足を運びたいと思います。

以上、今年も嬉しい課題が満載です。自分なりのペースで調査を行ないつつ、トピックを本紙へご報告しますので、本連載にどうぞご期待ください。今年一年、皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。おたがい、楽しい一年を過ごしてまいりましょう。