【中川宗孝(環境生物研究会・城陽環境パートナーシップ会議)】
5月の愛鳥週間に始まった久御山町の鳥・ケリをめぐる教育現場での保護活動は、子供たちに芽生えた野生の命を思いやる優しい心が天に通じ、ハッピーエンドの結末を迎えることができました。小学校のグラウンドという特異な環境下で営巣・産卵したケリの生態記録を残すことは鳥人ナチュラリストの使命であり、自然の営みに人為的な介入は控えるべきとの定説も、子供たちの純真な願いに応えるべく無事に孵化した後の対処を視野に入れて見守り続けました。
最初に発見された時の巣は既にカラスなどに襲われた形跡があり、無事な1卵だけでも孵化して欲しいとの想いで、子供たちがコーンで巣を囲って注意書きのラミネートを設置してくれました。愛鳥週間が制定されて75年、野生の命を慈しむ心が自然と環境保全の想いにつながり、未来の地球を救う大きな原動力となることを謳った文字通りの野鳥保護の実践で、本紙のタイムリーな報道は大きな話題となりました。
そして、不安が現実となってケリの親鳥が巣に戻ることはなく、愛鳥週間の美談としてこれで幕引きの予定でしたが、孵化を願う子供たちの為に一縷の望みを託してチャボの里親や孵卵器でのチャレンジに挑みました。やはり放棄されてから時間が経ち、雨ざらしにもあった卵は孵ることもなく、これで子供たちにも納得してもらおうと考えていた矢先に、またもやグラウンドでケリが産卵したとの情報が届いて仰天です。
本来は耕作前の田んぼで営巣し、しばしばトラクターの被害にあって再々産卵まで確認しているケリの繁殖活動ですが、5月も半ばを過ぎて隣接農地は田植えの季節を迎えて水が入った水田では営巣できず、再び東角小学校のグラウンドに戻ってきたものと思われます。今度こそ、子供たちの願いが届くようにと日々見守り、6月20日に無事3雛の孵化を確認し、水や餌を得られる安全な場所への移動もすんなり叶って報われました。
そして、もうひとつの天からのご褒美も届きます。放棄卵と思われた残された卵が孵化し、1日遅れの末っ子雛を親の元に戻す試みは、危険なギャンブルでもありました。卵の中からの鳴き声で、インプリンティングと呼ばれる親鳥とのコミュニケーションが成立していれば受け入れてくれる可能性も高い反面、攻撃されれば死に直結する事態を招きます。またその間のカラスなどの天敵や保温の心配などを考えれば、リスクをおかさず人工飼育である程度育ってから自然復帰させるのがベストとも思えました。
それでも、一度は見捨てられた雛鳥の強運を信じて、3羽の兄弟雛を連れたケリのペアの元に放しました。放棄卵の扱いなど法的な規制は問題ないとしても、これらの顛末には命をめぐる道義的責任も生じるとの思いから、記録写真と共にビデオにて撮影しています。そして、親鳥がすぐさま雛鳥に駆け寄り、兄弟雛たちも集まってきてファミリーが形成されているのを確信し、得難い経験と大きな成果を残せた幸福感に浸っています。
そして後日談の朗報には、調査仲間と共に雛鳥4羽の元気な姿の確認に、末っ子雛に環境省の標識足環を装着してあらたな調査の幕開けです。極々希なケリの繁殖の記録と、生息地に戻って元気に育つ「東角小学校・ケリ物語」の続編をご覧下さい。

◎写真で綴る東角小学校のケリの巣立ち

『鳥が卵を育てています!入らないでね。』この1枚の写真から東角小学校のケリ物語は始まりました。(写真①②) ケリの巣に残された卵の孵化を願っての子供たちの取り組みが、愛鳥週間のタイムリーな話題として当紙面でも大きく取りあげられ、その後2弾・3弾と続く熱心な取材記者の報道記事は、今後の研究発表の際に貴重な資料記事となるものでした。
こうした流れで5月の半ばに再発見された巣では、人との距離を保ちながらケリの親鳥は交代で4つの卵を温めていました。(写真③④) ほぼ毎日抱卵を確認に行き、週末には巨椋池干拓田でケリの継続調査をしている脇坂英弥君(写真⑤左2)のサポート調査員、福井惇一君(同左)と千田真大君たちジュニアメンバーたちも加わって観察を続けてきました。この日は5月30日、通常ではこんなに大きく育って飛べるまでに成長した今年生まれのケリ(写真⑥)、ハンデを負って生まれてくる雛鳥たちが大空に舞う姿を見届けたいものです。
そして迎えた3羽の雛鳥が孵化したのを確認した6月20日、この日が日曜日だったため、東角小学校の校長先生宛にファックスで状況説明し、翌早朝に出向いて雛鳥を安全な隣接農地に移す算段を伝えました。果たして、月曜日に駆け付けるや先生方から『ケリはどちらに移されたのですか?』と、まさかの展開に少々慌てました。予想では、グラウンドの端っこの姿を隠せる草の中などに身を潜めて危険回避しているものと思っていましたが、既にフェンスの隙間から1・5㍍もの段差を越え、西側の水田に移動しているのを子供たちに教えてもらいました。(写真⑦⑧田中義則氏撮影)
孵化雛の移動という最大の課題がいとも簡単にクリアでき、藤原幹郎校長先生(写真⑨左)に笑顔の報告です。記録写真担当の田中義則さん(写真⑩右)も、本来の生息環境で子育てする東角小学校生まれのケリたちを写真に収められ、現認者の面目躍如です。そんな最中に『ボクを忘れないで!』とばかりに鳴き出した放棄卵の奇跡も、子供たちと共に見守っていただいた先生方に卵の中から『ありがとう』のコールで記録写真の撮影です。(写真⑩)
程なく元気に孵化した4番目のケリの雛鳥を無事親鳥の元に帰すことができ、さらには環境省の標識足環の装着によって「東角小学校のケリ物語」は未来につながり、奇跡の続編へ夢が拡がります。クチバシの先に卵の殻を破る突起・卵歯が残る孵化直後のケリの雛鳥(写真⑪)に、孵化雛を戻すことに成功した手法と英断の自慢の記録(写真⑫)、脇坂英弥君と共に雛鳥への標識の記録(写真⑬)の数々は、ナチュラリスト冥利に尽きる思い出となりコロナ禍の上半期で胸を張れる今年一番の成果となりました。
郷土の野鳥を教材に、生命の教育を実践された東角小学校の先生方の功績は、南山城地方に於ける愛鳥週間の伝説として語り継がれることでしょう。東角小学校のエコキッズのみんな、ありがとう! これからもケリたちを温かく見守って下さい。

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