【中川宗孝(環境生物研究会・城陽環境パートナーシップ会議)】
今年も押し迫った12月13日、驚きのニュースが飛び込んできました。和束町湯舟の町道から100㍍ほど入った山林で、イノシシ用に設置した捕獲罠の檻にクマがかかったというものです。
和束町では今春、「~未来に残そうふるさとの自然~和束の生きものハンドブック」の完成で、三年間にわたって和束町に生息する野生生物の調査を終えたばかりの筆者たち調査員にとっては、とても信じられない出来事でした。速報によると体長約1㍍のツキノワグマで、1歳ほどの子どもとみられるとのことでしたが、続報では3~4歳ぐらいのメスで殺処分はされずに捕獲地周辺の人里離れた山林に放されたとあり、隣接する宇治田原町議会でも取り上げられ、危険な猛獣の野外放獣の処置と希少野生動物の保護の観点から、賛否両論様々な意見が飛び交いました。
UMAと呼ばれる未確認生物の代表・ツチノコの存在を信じて(願って)、目撃情報や文献記録の収集に尽力してきたロマン派ナチュラリストも、より現実的な野生動物のツキノワグマの生息の可能性には否定的でした。その根拠となったのは、平成16年当時「宇治田原町レッドデータブック」の作成に携わり、鳥類分野と共に哺乳類も担当していた時、11月に交通事故死した仔グマを鑑定した際に、専門家への問い合わせで伺った当地での生息を実証する生態的なフィールドサインの欠落による総合的な判断でした。この時の迷い熊の特例記録は、宇治田原町レッドデータブックで検索することもできます。
これまで、古くは半世紀も前に国道307号線の宇治田原町と城陽市の境で道路工事関係者によるクマの目撃談や、近年にも宇治田原町での目撃がマスコミ報道され、筆者も一部のハンターから生息の情報を得てはいましたが、追認されることなく公式記録からは除外してきました。それだけに、今回のツキノワグマの捕獲記録は、久々にナチュラリストのフィールドの夢をかきたてるものでした。
昨年来のコロナ禍による活動の停滞で、郷土の環境資料への貢献を目的とした自然財産と位置付ける希少野生生物の保護と生息環境の保全を願ったフィールド探査も滞りがちだっただけに、ライフワーク復活の兆しとなる朗報と受け止めています。来年度、「熊剥ぎ」などフィールドサインの痕跡確認に努め、和束町の記録がツキノワグマの生息地と呼べないほどの極々稀なものか、はたまた警戒心が強く夜行性などの生態から人との接触がないだけで一定数が生息している可能性があるかなど、緊急課題への取り組みで危険な希少野生動物と人間との共存を考える資料としたいものです。
今年の下半期はコロナ鬱で目標を失い、胸を張れる活動報告も出来ませんでしたが、迎える新年は脇坂英弥君の野鳥プロジェクトと共に、「南山城野生生物生息リスト」を見直し、両生・爬虫類から魚類に哺乳類、水棲昆虫の最新情報をお届けすべくフィールド探査と共に文献資料の掘り起こしと聴取調査にも力を入れたいと考えています。
また、当洛タイ新報や城陽環境パートナーシップ会議事務局を通じても、一般市民の方々から貴重な記録写真や情報の数々をご提供いただきましたが、それらを紹介する機会を逸して年の瀬を迎えてしまいました。あらためての詳細報告をお約束し、今年最後のフォトレポートではレッドリストの生き物たちの話題をお届け致します。

◎ゆかりあるレッドリストの生き物たちの記録

京都府のレッドデータブック2015(写真①)では、それまで絶滅種とされていたコガタノゲンゴロウを南山城村の野生生物生息調査で74年ぶりに再発見し、「絶滅危惧種」に改められています。ここではツキノワグマは最もランクの高い「絶滅寸前種」に記載されていましたが、最新の2021年度版の見直しで3ランクもダウンの「要注目種」に改められました。この急激な改訂は、個体数の増加傾向や生息地の拡大などが考えられますが、本来生息していないとされてきた京都府南部域で突然単一での確認記録には多くの謎と疑問が残り、今後の追跡調査が求められます。
2002年の京都府レッドデータブックの発刊を機に、宇治田原町でもレッドデータブック作成の話が持ち上がり、2006年3月に全国的にも初となる市町村レベルのレッドデータブックが完成しました。(写真②) 宇治田原町からは鳥類研究者として招聘を受けたものですが、筆者自ら哺乳類と両生・爬虫類の分野の調査にも名乗りを挙げ、後に日本爬虫両棲類学会でのデビューを果たす珍蛇・タカチホヘビ(写真③下)の発見や、カスミサンショウウオ・ヒダサンショウウオにアズマモグラの他、コノハズクにスジシマドジョウ、クロゲンゴロウなど数多くのレッドリストに記載されている希少生物の幸運な発見で応えています。
ここで記録されたツキノワグマは、京都市の山科から宇治笠取を経て宇治川ラインから宇治田原町に至った足どりが分かっていました。交通事故死した屍鑑定では、3㌢もの大きなダニが付着していて歯の摩耗や足爪の変形が見られないことより、野生個体のはぐれ子熊と判断しました。その後2008年からは南山城村の地域再生プロジェクトの要請に応えて、ここでも胸を張れる希少生物たちの発見がありましたが、クマの生息の可能性を裏付けるフィールドサインは確認できず、聴取調査による地元民からの情報でも皆無でした。
そして、宇治田原町と南山城村に隣接する和束町の教育委員会・町史編さん室の依頼を受けての野生生物生息調査では、新たに新種登録された淡水魚・ナガレカマツカ(写真④)の発見でその責を果たし、無事「和束の生き物ハンドブック」も完成しました。(写真⑤) ここではコウモリ4種類を確認しましたが、その中のキクガシラコウモリ(写真⑥)は京都府のレッドデータブック2002年版では「絶滅寸前種」に記載されていましたが、2015年版では「準絶滅危惧種」に降格し、最新の2021年版ではランク外となっています。こうした指定解除や降格は喜ばしいことですが、保護に直結する生息状況の把握を考えるとき、これらの資料がより詳しく正確であることを望むばかりです。
そうした一助になるフィールド調査の成果を公表できることを願って、来年こそ思い残すことのない活動で朗報をお届けしたいものです。野鳥調査は頼もしき鳥類学者の脇坂英弥君(写真⑦右)を中心に、「城陽生き物ハンドブック2010」において京都府2例目となる繁殖記録を公表したハヤブサの仲間の猛禽類・チョウゲンボウ(写真⑧)の繁殖定着を願ってのプロジェクトも始動しました。同じく城陽市のお宝生物・フクロウとアオバズクの巣箱の設置も始め、鳥類研究の最前線・鳥類標識調査の実施と関係者への公開も行っています。
今シーズンもコウノトリ・ひかりちゃんの再飛来を願って、瑞祥の福鳥・コウノトリが出会いを演出してくれた田中義則さん(⑦左)・福井惇一君(同左2)はじめ城陽環境PS会議の仲間たちと共に、野鳥保護プロジェクトに取り組み、希少野生生物たちの最新情報をリアルタイムでお届けすべく頑張ります。来るべき新年もナチュラリスト軍団の活動を温かく見守って下さい。良いお年を!

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