新・山城青谷駅、竣工祝う/城陽
テープカットを行う国、府、城陽市、JR西日本の関係者ら

来年3月末完成予定のJR奈良線高速・複線化第2期事業(京都~城陽間完全複線化等)に合わせ、府市協調で取り組んできた城陽市「JR山城青谷駅周辺整備事業」のうち、新橋上駅舎と自由通路が完成。22日、青谷コミセン内で竣工式が開かれ、真新しい自由通路で渡り初めが行われた。新駅舎は23日朝の始発から供用開始となり、バリアフリー化が図られ、利用者の利便性が高まる。
新山城青谷駅の特徴は、東・西口両方に貫通型のエレベーターを設置し、車いす利用者や足の不自由な高齢者でも容易に乗り降りができるようにした。

梅の里の山並みをイメージさせる橋上化された新山城青谷駅西口

また、橋上駅舎のデザインは、青谷の山並みを感じさせる傾斜屋根を採用。「梅の木立」をイメージさせる列柱、照明装置。窓ガラスにも梅の花を想像させる装飾を施すなど、まさに「市の南玄関口」にふさわしいステーションに仕上がった。
橋上化された新駅舎は「幅員5㍍・延長100㍍」の自由通路で駅の東西地域が結ばれ、利用者はもちろん、地域住民の日常の行き来にも重宝されそう。駅東側には、公衆トイレも新設された。
新駅舎と自由通路にかかる整備費は約15億9000万円。このうち、国からの社会資本整備総合交付金を約4億8000万円見込んでいる。
ただ、ロータリーを新設する「西側駅広場」や青谷コミセン横の「東側駅広場」は当初予定通り今年度末供用開始のため、ここ半年ほどは東・西口とも「仮設通路」から駅に向かう動線となる。駅隣接の「中村道踏切の改良」、市道交差の「ロータリー化」等を含むJR山城青谷駅周辺整備の総事業費は約41億円となる見通し。

22日午前10時から青谷コミセンで開かれた竣工式には、国交省・府・市・JR西日本・設計施工業者ら30人余りが出席した。
式辞に立った奥田敏晴市長は「山城青谷駅は、大正15年の開業以来、青谷地域の皆さんや来訪者に利用されてきました。このたび、自由通路・橋上駅舎の整備により、東西地域から安全に駅に行けるようになります。新駅が青谷地域の新たなランドマークとなり、ますます地域が発展していくことを確信しています」と喜びを口にした。
来賓祝辞には、府知事代理の稲垣勝彦・山城広域振興局長、谷直樹市議会議長、JR西日本の財剛啓・京都支社長の3人が立ち「約100年もの歴史がある山城青谷駅の利便性が格段に向上し、さらに地域住民に愛されることを祈念します」などとお祝いの言葉を添えた。

自由通路の渡り初めを行い、しつらえを見て回る式典出席者ら

そのあと、駅東側階段下で、奥田市長・稲垣振興局長・谷議長・財京都支社長・今西秀樹国交省近畿地方整備局長の5人がテープカット。式典出席者らが順次、自由通路の渡り初めを行い、梅林内をイメージさせる照明装置や木のベンチ等を見て、しばし青谷地域の今後のまちづくりについて歓談のひとときを過ごした。
参加者のうち、青谷校区自治会連合会の有田道治会長(69)は「青谷らしい駅のつくりにしてもらい喜んでいます。これまで(屋根のない跨線橋を渡る必要があった)京都行きのホームに行けず、わざわざ長池駅まで行って電車に乗る人もいたと聞いている。バリアフリー化が図れたことがうれしい」と感想を述べた。
なお、山城青谷駅の年間乗客数(2020年度データ・JR西日本資料)は27万7000人。一日平均にすると758人となる。

■山城青谷駅の歴史
1926(大正15)年2月に青谷梅林「仮停車場」として開業し、1933(昭和8)年12月に山城青谷駅として常設。
その後、1987(昭和62)年4月に国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道㈱の駅となる。
1995(平成7)年9月、青谷コミセンとの合築駅にリニューアル。今回の橋上駅舎化・自由通路整備などを含めた「山城青谷駅周辺整備基本計画」は2014(平成26)年3月に策定。
昨年2月に橋上化工事に着手され、23日に供用開始を迎える。