【中川宗孝(環境生物研究会・城陽環境パートナーシップ会議)】

待ちに待った春の到来。別れ月とされる弥生三月に、コロナ終焉のハッピーな別れを経て桜満開の出会い月・門出月へとそれぞれの春の開花となることを願っています。
この季節、日本で冬越しをした渡り鳥たちも春一番に誘われて北の繁殖地に旅立ちます。厳冬期を耐え忍び、春の知らせに新天地にはばたく冬鳥たちに重なる受験生たちも、新たな夢が拡がる笑顔の門出となったことでしょう。小中学校を卒業したエコキッズたちも、新たな環境で生き物たちへの興味をさらにステップアップし、SDGsの実践者に成長してくれることを願っています。
今年は久しくの日本鳥学会大会への参加と研究発表の目標を掲げていましたが、古希を迎えてさすがにこれまでのようなハードな調査は控えます。バードウォッチングによる視認観察で、ましてや短期間で学会発表できる成果など期待できるはずもなく、昨年のリベンジで希少猛禽類・チョウゲンボウの人工巣箱への誘致を第一に、フクロウをメインにムササビやコウモリなどを対象とした万能巣箱の取り組みも考えていました。
そうした折、今年になって京大と東京都立大学から宇治田原町役場に鳥類目録に関連しての問い合わせが相次ぎ、過去の資料の見直しの機会ともなって、宇治田原町ゆかりの野鳥記録から「地域激減種」にスポットを当てた調査を始めています。日本鳥学会1999年度大会で「南山城鳥類目録」を発表して以来、市町村やフィールド別鳥類目録の作成と改訂を続け、京都府レッドデータブックの発刊と改訂版発行に即してそれぞれレッドリストに記載される希少鳥類の生息状況をまとめてきました。
そんな鳥人ナチュラリストの代名詞たる鳥類目録も、2019年12月の「京都環境フェスティバル」で公表した「和束町鳥類目録2019」を最後にコロナ禍で中断の憂き目です。宇治田原町の鳥類目録では、2004年度の日本鳥学会大会で発表した春季・生息鳥類調査報告に添えた冊子がかろうじて残っているだけで、新たに観察された迷鳥のヤツガシラや本紙でも報じられたコウノトリの飛来確認の記載を追加した最新の改訂版が待たれるところでした。
この間、木津川河川敷では2月6日に例年より3週間も早いウグイスの初音が聞かれ、3月の12日には夏鳥のツバメの渡来情報も届けられる中、ツグミやカモたち冬鳥の旅立ちを見守りながら宇治田原町のナチュラリスト仲間にも声をかけて関連資料や情報の提供をお願いしています。町役場に問い合わせがあった京都大学大学院の生態環境論講座の先生方にも、宇治田原町レッドデータブックの野鳥リストを補う「鳥類目録2004」と関連マスコミ資料などを進呈し、口頭による補足説明でナチュラリストの本分を果たしています。
宇治田原町のレッドデータブック作成の使命に燃え、喜々としてフィールドを駆け巡っていた頃を懐かしみ、まだまだ自分でしかできないことがあるとの想いでフィールドの春を楽しんでいるロートルナチュラリストです。宇治田原町のゆかりの生き物と20年来のファミリーたちとの交流日記、フォトレポートにお付き合い下さい。

◎宇治田原町のレッドデータブックと鳥類目録エピソード

旧環境庁の鳥類標識調査の主要調査地として、「巨椋池干拓田」「木津川河川敷」と共に宇治田原町を登録したのは1988年のことでした。南山城地方を代表する野鳥の生息環境として、農耕地と河川流域と共に里山・丘陵地のベースとしての選定です。以後、年間を通しての調査結果を環境庁と山階鳥類研究所に報告してきました。
中でも渓流の鳥・ヤマセミやオシドリ、フクロウにヤマシギなど、全国的にも極少な希少種の標識放鳥は特筆すべき記録です。また、当時は幻の鳥といわれたオオタカや珍鳥・アオシギなど、後に両生・爬虫類に目覚めるきっかけとなった数々の発見につながる相性の良いフィールドとの幸運な巡り合いを天に感謝しています。
野鳥の生息調査の基本となる視認観察の記録も、環境省の標識足環を装着する捕獲確認による公式な記録に裏付けられての資料価値です。鳥類目録記載に際しては、文責の所在とそれぞれの記録の出展が明確であることとのアドバイスを受け、自身のライフワークとして取り組んできました。そうした「宇治田原町鳥類目録」デビューとなったのは、京都府の自然観察指導員の研修会配布資料で、30年余りも前のことでした。表紙に富士鷹なすびさんの宇治田原町の鳥・メジロのイラストを配したB5版16頁の冊子は役場にも残っておらず、原版は今や化石となったフロッピーディスクに眠っています。(写真➀)
こうした宇治田原町で全国的にも例を見ない市町村主管のレッドデータブック作成の話が持ち上がり、野生生物生息調査に各分野の専門家5名が招聘を受けたのは20年前のことでした。専門の鳥類の他、両生・爬虫類に哺乳類も担当し、淡水魚に水生昆虫の調査サポートでたくさんの希少生物たちの生息を実証することができた記録の数々は、2008年3月に発刊されたレッドデータブックに集約され、宇治田原町のホームページで見ることができます。(写真②)
ツキノワグマにアズマモグラ、タカチホヘビにカスミサンショウウオ・ダルマガエル、スジシマドジョウにゲンゴロウ。そして後にも先にもただ一度きりの絶滅寸前種・コノハズク(写真③撮影・山中十郎氏)の出現は奇跡のラインナップです。更には2年間のタイムアップ直後にも、珍蛇・ジムグリとシロマダラにヒキガエルなどが相次いで見つかっています。
強運ナチュラリストの絶頂期の記録の数々が収められたレッドデータブックも、果たしてそれらの資料の精査が問われるところです。そうした背景もあって「鳥類目録」原版の詳細情報を求められていた京大の小坂康之・准教授(写真④右)に前畑晃也・特任研究員(同左)のお二人も、学会でのフィルターを経た公式記録に満足頂けたことでしょう。また、共通な研究者仲間もたくさんいることもあって、彼らと共に我が家名物・スッポン鍋を囲みながらの懇親会で宇治田原町の生き物談義で酌み交わすのを今から楽しみにしています。海外の調査が多く、宇治田原町には月に1度ぐらいしか来られないという彼らに、最新情報と希少生物たちの再発見でお手伝いができればと考えています。
新しい仲間に、宇治田原町ファミリーの紹介です。宇治田原環境生物研究会の阪本伊三雄会長(写真⑤左)を中心に、たくさんの人たちの協力で完成した宇治田原町レッドデータブックと鳥類目録は、人と人をつなぎ巡り会わせるラッキーアイテムの共有財産であることを実感しています。今西智津子さん(写真⑥右)には、ヤマセミの保護放鳥に始まりフクロウにヤマシギにサンショウウオまで、マスコミ報道も十指に余る希少生物の情報提供でお世話になっています。この日は屍で発見されツグミを、確認後に埋葬して供養しました。
そして、レッドデータブックに記載の「青いアマガエル」以来、白いツグミや珍蛇・シロマダラなどの発見者、勝井秀正さん・明日美ちゃん親子(写真⑦)には、傷病鳥の保護飼育でもお世話になっています。先日のフクロウに次いで、この日はアオバトを託しました。昨年、宇治田原町にコウノトリ飛来!の報告が入ったとき、直ちに確認に奔走頂いたのが倉谷勝巳さん(写真⑧右)で、貴重な現地調査員には度々登場頂いています。以前オオナメクジを発見された時の写真から、竹内孝彦さん(同左)が共通の友人であることが判明し、筆者の宇治田原町のベース基地・喫茶チェリーでランチ会です。城陽市役所元職員の竹内さんとは、1987年10月10日に開催された「ふるさと秋まつり」で、サントリー社支援の巨大展示物の華やかなコーナーを託された経験が現在の啓蒙活動に活かされています。
チェリーの西山富明・マスター(同左2)も生き物全般に造詣が深く、様々な情報提供をいただき、猟師仲間の古田朝毅さん(写真⑨右)のカモ猟のサポートで得た非狩猟鳥たちを、放鳥前に持参して記録の現任者にもなってもらっています。また、地元の人からの情報の橋渡し役もお願いしていて、昨年暮れには凍てつく中でヘビを発見された中村勝之さん(写真⑩左)を紹介いただき、命拾いした仔ヘビは早速。子どもたちの生きた教材となって恩返ししてくれました。宇治田原町の生き物談義は尽きることがありません。