城陽市寺田地域に秋祭りシーズンの到来を告げる水度神社(水田清比古宮司)の神幸祭が30日に執り行われた。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、宮行列や子供神輿は取りやめとなったが、60~70年ぶりに「栗榧(くりやか)神饌」が御旅所の割拝殿に奉納され、地域文化の復活に氏子らの笑顔があふれた。
俗称〝傘祭り〟と言われるほど雨が降ることが多い水度神社「秋祭」だが、今年の神幸祭は曇天での挙行。天気予報だと、10月2日の還幸祭も晴れのようだが、地元の寺田・寺田南小と寺田西小の一部(乾城地域)に住む、5、6年生による子供神輿の巡行は中止めが決まっている。
しかし、水度神社にとっては本殿改修後、初の秋祭りで午前10時30分から、境内の社頭で執り行われた例祭々典には、氏子総代(梅川眞壽男会長)10人、寺田財産区管理会の森澤博光会長と各自治会長ら22人が参列。新型コロナ感染拡大防止のため、規模縮小ながら厳粛な雰囲気の中、大神様の恩頼(みたまのふゆ)、ご加護への感謝と地域の繁栄、氏子らの健康と幸福を願い、神事が執り行われた。
そして、午後2時からは近鉄寺田駅東側の御旅所で、同じく氏子総代らの参列のもと、水田宮司の導きで、お祓いや神遷しの神事が行われ、割拝殿には今月27日に栗榧座の一人、田中雅彦さん(72)=寺田北東西=で、氏子の森沢昭夫さん(92)ら3人で仕上げた「栗榧神饌」が供えられ、地域住民らの注目を集めた。
森沢さんによると、ワラの束で作った土台2つに、約150本の割竹を差し込み、一つには栗の実、もう一つには榧の実を取り付けたもの。今回は、従来品より半分の大きさに縮小し、栗と榧も模造品を使い、長期保存できるようにした。
かつては、大祭々典を終える10月2日夕刻に御旅所で、「栗榧神饌」を解体し、地域住民が竹を競って取り合い1年間、自宅の玄関に飾って厄除け(疫病退散・盗難防止)のお守りにした、という言い伝えもある。
水田宮司は、栗榧神饌の復活を喜びつつ「一日も早い疫病(新型コロナ)の終息と、来年は、本来の形で秋祭りが実施できることを願っております」と話していた。